生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話51》高級魚ホシガレイの低コスト増養殖と緑色LEDの活用

2023年9月26日号
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ホシガレイ(写真1)は希少性と市場価値の高さから、栽培漁業や養殖漁業(まとめて増養殖といいます)(※)の新たな対象魚種として注目されてきました。しかし、放流や養殖に用いる稚魚(人工種苗)の生産コストが高く、ホシガレイの増養殖の事業化は進んでいませんでした。そこで(公社)全国豊かな海づくり推進協会を代表機関とする8機関からなる研究グループは、ホシガレイの稚魚を生産する工程に省力低コスト飼育や緑色LED光照射などの技術を導入し、稚魚の生産工程を最適化することで、健全な稚魚を低コストで安定的に大量生産する体系を確立、マニュアル化しました。これにより、東北地方の太平洋沿岸地域に約50万尾のホシガレイの稚魚の大量放流が可能となり、漁獲高の増加が期待されます。また閉鎖循環飼育や緑色LED光照射による促成飼育技術を応用することで、陸上養殖の事業化の可能性が広がりました。


写真1:ホシガレイ 大型で背びれなどに黒い斑紋があるのを星形の紋に見立てたのが名前の由来。
資源量が少なく、市場価値の高さから増養殖の対象魚種として注目されている(水産研究・教育機構提供)

【稚魚の生産体系の確立】

稚魚(人工種苗)の生産工程(図1)は、親魚を飼育して受精卵を得る「親魚養成」、受精卵から稚魚まで育てる「種苗生産」、稚魚を放流や養殖開始に適したサイズまで育てる「中間育成」の3工程に分けられます。飼育の難しいホシガレイでは、いずれの工程においても死亡や成長不良などの問題が多く、大量に健全な稚魚を飼育することができませんでした。そのため稚魚(8cm)は1尾180円と値段が非常に高く、栽培漁業や養殖の事業化には、このコスト削減が課題でした。


図1:人工種苗の生産工程(水産研究・教育機構提供)

研究グループは、「親魚養成」では、従来の流水水槽より運転・維持費用の安い簡易的な閉鎖循環システムでも、流水飼育と同等の良質な受精卵を安定して得られることを明らかにしました。閉鎖循環飼育での安定採卵は、ホシガレイでは初めてのことです。「種苗生産」では、孵化(ふか)間もない仔魚の飼育と飼料用プランクトンであるワムシの培養を一つの水槽で行う省力低コスト飼育(図2)の導入により、作業時間を50%削減することができました。「中間育成」では、育成中に緑色LED光を照射することにより、自然光と比較して有意な成長促進効果が得られることを明らかにしました。これらの研究成果から、量産規模の採卵、省力低コスト飼育で、健全(正常率90%以上)な稚魚を安定的(生残率80%以上)に大量生産(50万尾規模)する技術を確立することができました。放流サイズの稚魚(8cm)は1尾180円が40円になり、大幅なコスト削減を実現しました。


図2:省力低コスト飼育による種苗生産の模式図(水産研究・教育機構提供)

【開発した技術を陸上養殖に応用、飼育期間2年を1年に】

中間育成で有意な成長促進効果が確認できた緑色光は、ホシガレイなどの陸上養殖でも活用され始めています。

LED灯による緑色光を照射した養殖実証試験では、自然光では2年かかっていた出荷サイズ(重量700g、体長40cmほど)になるまでの飼育期間を、1年に短縮することができました。この養殖試験では、研究グループがカレイ類の光の感じ方に合わせて開発した緑色LED灯を使用しています(写真2)。


写真2:緑色LED灯を付けた屋内飼育場(水産研究・教育機構提供)

なぜ他の色でなく緑色光が有効なのかについて、研究グループの北里大・高橋明義教授は「海底のカレイ類の生息域によく届くのが緑色光で、成長に適した環境なのかもしれません。ただ詳しいメカニズムは分かっていません」とした上で、緑色光が食欲と行動に関する脳機能を活性化させ、食べる餌の量を増加させているのではないかとみています。

今回の研究では、カレイやヒラメの仲間は緑色光照射で成長を促進できることが確認できましたが、他のフグ類やサケ類などでは効果は認められていません。

【他のカレイ類にも応用、出荷も始まる】

緑色LED光照射による飼育は、通常飼育を行う屋内にLED灯を追加するだけで、ホシガレイのみでなくマコガレイ、ヒラメなどの成長を促進できます。このため、全国のヒラメ、カレイ類の養殖や種苗生産で活用することができます。

研究グループでは2020年から、岩手県などの市町村、漁業協同組合とホシガレイの試験養殖を行い、成魚を3年連続で市場に出荷しています。今回の研究成果などから、緑色LED光による成長促進効果に関心を持った大分県の複数のヒラメ養殖業者の間で、緑色LED光を活用してヒラメの育成期間を短縮、出荷時期を早める取り組みが広がっています。

【用語】栽培漁業と養殖漁業

栽培漁業は、卵から稚魚になるまでの一番弱い時期を人の手で育て、その後、自然の海に稚魚を放流し、成長したものを漁獲します。養殖漁業では、稚魚を生け簀(す)や水槽などで飼育し、食べられる大きさになったら出荷します。

事業名

革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)

事業期間

平成28年5月~30年3月

課題名

地域重要魚種の増養殖に関する低コスト化に係わる生産体系の確立

研究実施機関

公益社団法人全国豊かな海づくり推進協会(代表機関)、国立研究開発法人水産研究・教育機構、学校法人北里研究所(北里大学)、スタンレー電気株式会社、宮城県水産技術総合センター、福島県水産資源研究所、神奈川県水産技術センター、公益財団法人神奈川県栽培漁業協会


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