生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話64》端境期に出荷可能なカンキツ新品種「瑞季」を開発
2025年06月24日号
初夏が旬の新しいカンキツ品種「瑞季(みずき)」ができました。カンキツかいよう病(用語 *1)にかかりにくく、味が良く、種子が少なくて食べやすいブンタン品種で、カットフルーツに向き、皮ごと食べることもできます。カンキツ端境期の4月中旬以降に出荷できるので、生産者の所得向上、国産果実の消費拡大につながるのみならず、注目すべき機能性成分も多く含まれており、国民の健康増進への貢献も期待できます。
写真1:「瑞季」の果実
(写真と図はいずれも広島県立総合技術研究所農業技術センター提供)
「瑞季」は、イノベーション創出強化研究推進事業に採択された研究課題において、広島県と京都大学が共同で育成し、2018年3月7日に品種登録出願、19年11月20日に品種登録されました(登録番号27604号)。既に苗木販売が開始されて生産現場で栽培が始まっています。果実の販売も始まり、今年は早出しで3月から広島県の青果店やJA直売所などに並び始めました。
写真2:「瑞季」の樹姿
育成地などの研究グループでは、イノベーション創出強化研究推進事業の継続課題において、「瑞季」の全国的な普及のために、生産~貯蔵~流通~加工に至る一貫した技術の確立を目標に、早期成園化(*2)技術、高品質安定生産技術、長期貯蔵技術、権利保護のための品種識別技術などを開発し、それぞれマニュアル化して現場への普及を進めています。また、機能性成分を解明し、付加価値の高い加工食品づくりの事業化も進めています。
無核性で食べやすい「瑞季」の誕生
「瑞季」は、比較的種子が少なく良食味の「水晶文旦」を種子親、香りが良く良食味で種なし(無核性)の「サザンイエロー」(「谷川文旦」と「無核紀州」の交配品種)を花粉親として交配し、かいよう病に強い(抵抗性を持つ)系統を選抜して育成した品種です。果汁が多く、瑞々(みずみず)しい新緑の季節の4月中旬に市場出荷できることから、「瑞季」と命名されました。果実重は400~500 gで、同じくブンタン品種の河内晩柑(かわちばんかん)より大きく、種子は果実1個に2個程度と少なく、甘い芳香があります。
図1:瑞季の系譜
「瑞季」は、人工授粉をしなくても自家受粉で安定して果実ができるため、作業が短期間に集中して、負担の大きい授粉作業が不要です。また、施設栽培では、満開から4週間までの期間に28 °C 以上になると種子ができやすくなるので、温度管理で種子ができるのを防げることも研究で明らかにしました。
「瑞季」の果皮は、黄色の表皮部分(フラベド)と白いわた部分(アルベド)ともに苦味が少なく、果肉と一緒においしく食べられます。果皮には、機能性成分(ナリンギン、ネオヘスペリジン)が多く含まれており、脂肪肝の抑制や、血糖値上昇抑制などの効果があることを動物実験で明らかにし、糖代謝改善など生活習慣病の予防効果について特許出願しました(特願2023-201039)。さらに「瑞季」は、グレープフルーツに含まれている、高血圧の薬などの効果を阻害するフラノクマリン類がほとんど含まれていないため、薬との飲み合わせリスクが低いことも研究で明らかになっています。
写真3:「瑞季」を生食するときは写真のような
スマイルカットが食べやすいです
研究グループのアヲハタ株式会社では、これらの機能性成分の特色を活かした、カットフルーツやマーマレード、果皮の糖漬けなどの加工食品づくりの事業化を進めています。
早期成園化、高品質安定生産、貯蔵技術の確立
我が国のカンキツ産地では、温州ミカンに替わる、より収益性の高い品種への改植が進められています。貿易自由化の進展、地球温暖化による気候変動など社会情勢は大きく変化しており、時代のニーズに合った新品種が求められています。瀬戸内地域や太平洋沿岸地域におけるブンタン等の中晩柑類は地域産業を支える特産品ですが、4月以降のカンキツ端境期に市場出荷が可能な、競争力のある新品種およびその安定生産技術の開発が求められていました。
そこで、研究グループの、主要なカンキツ産地である広島県、高知県、静岡県、宮崎県では、「瑞季」の早期成園化技術、高品質安定生産技術、出荷期間拡大のための長期貯蔵技術の開発に取り組みました。
カンキツは苗を植えてから果実を安定して出荷できるようになる成園化まで約8~10年かかります。この未収益期間を短縮するため、マルドリ方式(*3)、双幹形仕立て(*4)を組み合わせ、産地ごとに適した早期成園化技術を確立しました。定植から4年間の合計収量において、静岡県ではマルドリ方式で慣行栽培の3倍以上、宮崎県では双幹形仕立てで約60 %の収量増を達成しました。マルドリ方式では糖度も1度以上上昇し、高品質安定生産を実現しました。
長期貯蔵技術の開発では、貯蔵温度を8~10 °C とし有孔低密度ポリエチレンフィルムでの包装と組み合わせることにより、腐敗や、す上がり(*5)を防止し、約3.5カ月間の貯蔵に成功しました。これにより、3月初頭収穫の果実を6月に出荷することが可能となりました。現場への技術の早期普及が期待できます。
「瑞季」普及拡大への取り組み
「瑞季」の普及に向けて、研究グループは、迅速な穂木供給ができるよう2019年から母樹の増殖を行い、20年から全国の種苗業者等へ穂木を供給し、21年からは苗木の販売が始められました。「瑞季」は生産地域の制限を設けておらず、全国での栽培が可能です。一定程度以上の生産量を確保し、「瑞季」を広く認知してもらい、ブランド化を進めるという狙いもあります。広島県では、主に尾道市地域および東広島市沿岸部地域で「瑞季」が生産振興を担う品種として位置付けられ、産地への苗木導入が進み、現在約2 haほどで栽培されています。全国では、これまでの苗木の販売本数7,557本から約15 ha相当の栽培面積があると推定されます。
かいよう病に強い「瑞季」の普及によって、栽培時の農薬散布削減が可能となり、害虫防除作業や薬剤費の軽減により生産性が向上し、安全・安心な国産カンキツを求める消費者ニーズに応えることができます。「瑞季」の普及は、生産者の所得向上、国産果実の消費拡大、国民の健康増進に貢献することが期待できます。
広島県立総合技術研究所農業技術センターの研究責任者柳本裕子さんは、「ブンタンは、おいしいのに、皮が厚くて種子が多く、食べにくいため、消費者から敬遠されるというのが、長年の課題でした。『瑞季』はその弱点を克服した画期的な品種です。4月から6月にかけてはカンキツ類だけでなく国産果実の市場への出回りが少なくなる時期なので、生産者にも消費者にも魅力のある果物だと思います」と話しています。
用語
*1 カンキツかいよう病 カンキツかいよう病菌の感染による病害で、風雨で感染が広がるために防除が難しく、カンキツ類の重要病害の一つとされています。葉、果実、枝に中心部がコルク化した円形の病斑を形成し、被害果実の商品価値を低下させます。多発すると落葉や枝枯れ、樹勢の著しい低下を招きます。
*2 早期成園化 カンキツでは、定植から2~3年は果実を着果させずに樹冠を大きくする必要があり、その間は果実の販売による収益が得られない未収益期間となります。未収益期間を短縮して経営が成り立つ時期を早め、安定生産に移行できるように様々な育成技術が開発されています。
*3 マルドリ方式 カンキツ類の樹の根元をプラスチック等のマルチシートで覆い、シートの下では液体肥料を点滴のように土壌にしみ込ませる点滴潅水(かんすい=ドリップ)を行うことで、水やりや施肥作業の負担を軽減し、樹体を効率よく育成する技術。果実の糖度を上げる効果もあります。「マルチ+ドリップ」を略して「マルドリ」方式と呼びます。
*4 双幹形仕立て カンキツ類の樹の主枝を生育初期から2本にしてY字型に仕立てる方法です。摘果、剪定などの作業がしやすく、作業時間を短縮できます。双幹形仕立ては、通常の主枝3~4本からなる開心自然形と比べて、1樹あたりの樹冠容積や収量は同程度になりますが、農地の面積あたりの植栽本数を多くできるため、早期に収量増が図れます。開心自然形では成園化まで8~10年かかるところ、双幹形仕立てなら6~8年への短縮が可能です。
*5 す上がり カンキツ類の果実の貯蔵中に見られる生理障害で、果実の水分が抜けて、ぱさぱさの状態になること。果実の中の袋状の瓤嚢(じょうのう)の中の、果汁の詰まった粒々の水分が抜けて、白っぽく見える状態をいいます。
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業
事業期間
平成27年度~令和元年度
課題名
安定生産を実現するかいよう病抵抗性を付与した無核性レモン及びブンタン新品種の開発
研究実施機関
広島県立総合技術研究所農業技術センター(代表機関)、高知県農業技術センター果樹試験場、京都大学大学院農学研究科、農研機構果樹茶業研究部門、かずさDNA研究所
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業
事業期間
令和2年度~令和6年度
課題名
無核性カンキツ新品種「瑞季」等の全国展開に向けた高品質安定生産及び高度利用技術の確立
研究実施機関
京都大学大学院農学研究科(代表機関)、広島県立総合技術研究所農業技術センター、高知県農業技術センター果樹試験場、宮崎県総合農業試験場、静岡県農林技術研究所、京都先端科学大学バイオ環境学部、広島大学大学院統合生命科学研究科、農研機構果樹茶業研究部門、アヲハタ株式会社研究センター、岡山大学大学院環境生命自然科学研究科
◇「無核性カンキツ新品種「瑞季」等の全国展開に向けた高品質安定生産及び高度利用技術の確立」の課題は、農林水産省が運営する異分野融合・産学連携の仕組み『「知」の集積と活用の場』において組織された「果樹生産システム研究開発プラットフォーム」からイノベーション創出強化研究推進事業に応募された課題です。
『「知」の集積と活用の場』のURLはhttps://www.knowledge.maff.go.jp/
こぼれ話は順次英訳版も出しています。英訳版はこちら
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/english/press/stories/index.html