生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話67》国産チーズスターターを開発、地域ブランド作りを後押し

2025年12月02日号

農林水産省の「チーズの需給表」によれば、チーズの総消費量はこの20年間(2005~24年)で約26.2万tから32.6万tに増加しています。しかし、総消費量に占める国産チーズの割合はナチュラルチーズ(用語*1)ベースで13.9%(2024年)に過ぎません。国内のチーズ生産者は、安価な輸入チーズと差別化するため、原料乳の生産地や乳牛の飼養方法で特色を持たせるなど国産ならではの魅力作りに努めています。しかし、チーズ作りに欠かせないメインスターター(乳酸発酵能力の高い乳酸菌などの発酵用微生物)や、風味強化などの用途で併用する補助スターター(うま味や香り生成に働く乳酸菌などの発酵用微生物)のほとんどが輸入品であり、輸入チーズとの品質の差別化が難しい状況です。

そこで農研機構は、国内酪農の中心地で、多くのチーズ工房が立地する北海道および栃木県の公設試験場などと連携し、地域の発酵食品から分離・選抜した乳酸菌による、国産チーズスターターを開発しました。新規に開発したスターターは、補助スターターに分類されるもので、チーズの熟成を早め、うま味や香りを強化するなどの効果があります。このスターターは、研究グループによって「Jチーズスターター」と名付けられ、全国のチーズ工房による、魅力的な地域ブランドチーズ、自己ブランドチーズの開発を後押しするツールとして、その社会実装が始まっています。

チーズスターターの働き

初めにチーズの一般的な製造方法を説明します。図1は、ゴーダチーズの製造を例とした基本的な製造工程です。まず原料乳を殺菌した後、スターター(メインスターター、場合によって補助スターター)を加えると、原料乳中の乳糖が発酵して乳酸が生成されます。原料乳は乳酸により酸性化されてヨーグルト状になり、そこに凝乳酵素(レンネット、用語*2)を加えると、乳タンパク質(カゼイン)が豆腐のように固まり、凝乳(カード)が形成されます。次いで、カードを細切した上で加温しながら撹拌(かくはん)して水分(ホエー=乳清)を排出し、カードが十分に縮んだところで型に詰めると、グリーンチーズ(熟成前チーズ)ができます。グリーンチーズを塩水に漬けて加塩し、10 ℃ 程度の低温で3カ月ほど熟成させるとゴーダチーズが完成します。


スターターは主に用途別に2種類あり、メインスターターは、乳を酸性にすることで有害菌の増殖を抑え、レンネットの働きを助けて乳を固める役割を果たします。一方、補助スターターは、うま味を強め、チーズの香りや硬さ、ねっとり感などのテクスチャーを改良するなどの特徴を付けたいときにメインスターターと併用して使うものです。国内のチーズ工房が利用しているメインスターター、補助スターターは、生きた乳酸菌を高濃度に含む粉末状のものが流通しており、品質の安定したチーズを製造できます。

ご当地食品から乳酸菌を分離、チーズスターターへの活用を念頭に選抜

日本各地には、漬物や味噌、しょうゆ、日本酒など乳酸菌がかかわる多くの伝統的な発酵食品があります。研究グループは2017~19年度に生研支援センターの助成を受け、北海道と栃木県の発酵食品から分離した乳酸菌によるご当地乳酸菌チーズスターター開発プロジェクトに取り組みました。

プロジェクトでは、北海道、栃木県合わせて190点のご当地食品から676菌株の乳酸菌を分離し、食品由来のご当地乳酸菌ライブラリーを構築しました。続いてライブラリーの菌株について、通常のチーズの製造・熟成温度で生育し、乳タンパク質分解活性が高く、標準菌株と比較して香り成分の生成量に特徴的な違いがあるなどの指標で順位付けし、菌種の違いも考慮して12菌株を選抜しました。この12菌株の特性については「Jチーズ乳酸菌カタログ」として農研機構のホームページで公開されています。
(写真1、https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/J-CheeseLAB_catalog.pdf)。


写真1:Jチーズ乳酸菌カタログの表紙

カタログ収載の菌株のうち、北海道の酒粕から分離した乳酸菌「OUT0010」(パラカゼイ)、熟成チーズから分離した乳酸菌「33-5」(カルバタス)、乳酸菌「P-17」(ラムノサス)、栃木県の漬物(三五八漬け)から分離した乳酸菌「OY57」(カルバタス)の4菌株は、特に乳タンパク質の分解能力が高いうえ、通常のチーズ製造温度(30~40 ℃)、熟成温度(10 ℃)、さらに5 %の食塩濃度下で生育することができます。また、それらによって発酵させたスキムミルク発酵物の香り成分分析では、標準菌株を用いて発酵させたものと比較して、バターやナッツの香りが強化されることが分かりました。

Jチーズスターターの効果で、うま味が強まる

研究グループは、これらの4菌株について、チーズ製造に用いた場合の効果を、実験スケールおよびチーズ工房に製造を依頼した実規模スケールのゴーダチーズで確認しています。メインスターターとして汎用されているCHN-11やFLORADANICA (ともにクリスチャンハンセン〈現ノボネシス〉社/デンマーク)と併用して、これら4菌株を補助スターターとして製造したゴーダチーズ(写真2)中で、長期間にわたって高い菌濃度を維持しました。


写真2:Jチーズスターターを使用して製造したゴーダチーズ

補助スターターを用いて製造したものと、使用していない標準チーズの2カ月及び3カ月熟成品を比較すると、補助スターター添加チーズは、同じ熟成期間の標準チーズよりも総遊離アミノ酸及びうま味を呈するグルタミン酸含量が高く、うま味強度が有意に高くなるとともに(図2のグラフ参照)、チーズや発酵バターの香り成分として知られるジアセチルや関連する揮発成分が増加するなど共通する特徴がありました。


図2:Jチーズ乳酸菌を補助スターターとして製造したゴーダチーズ2種と
標準チーズのうま味強度を比較

また、OUT0010、33-5、OY-57を補助スターターに用いて製造した2カ月及び3カ月熟成の実規模ゴーダチーズについて、一般消費者106名による官能評価で消費者嗜好(しこう)を調査したところ、消費者は2カ月熟成と3カ月熟成では3カ月熟成品を「好ましい」と評価すること、補助スターターを使用した2カ月熟成品は標準チーズの3カ月熟成品と同等に「好ましい」と評価することが明らかになりました。補助スターターを併用することで、2カ月熟成ゴーダチーズの「好ましさ」が、3カ月熟成チーズのレベルまで引き上げられたといえます。

研究グループは、これら4菌株について、熟成促進及びうま味強化を特徴とするチーズスターターとして特許を取得しました(特許第7537668号)。また、研究グループは、地域のチーズ工房と連携してJチーズスターターの効果を様々なチーズ種で確認し、その結果を「オリジナル乳酸菌モデルチーズ製造事例集」として公開しています(https://tokachi-zaidan.jp/tp_detail.php?id=803)。

Jチーズスターター導入による経済効果の試算

チーズ工房など中小の経営体では、大きな熟成庫を備えることは難しいため、チーズの熟成が進んだものから順に販売に回して熟成庫に空きスペースを作り、そこで新たなチーズを製造する手法を採っています。上記のように熟成期間を従来の3分の2に短縮できれば、熟成庫の回転率を上げ、収益向上を図ることができます。例えば、500 kgの原料乳から50 kgのチーズを製造して、2カ月経過ごとに出荷するパターンを毎週続けていけば、3カ月経過ごとに出荷する場合の1,800 kgから2,000 kgに年間出荷量を増やすことが可能となり、約10 %の売上の増加が見込めます。

全国のチーズ工房で試作、市販も

研究グループは、チーズ工房が現在のチーズ製造工程を変更することなくJチーズスターターの導入が図れるように、輸入品と同じ粉末状のスターターを開発しました。

Jチーズスターターの市場への導入に向けて、まず、消費者嗜好調査で高い評価を得たOUT0010タイプについて、2023年度から使用を希望するチーズ工房を募り、共同購入グループを組織しました。共同購入グループ代表からの発注を受けて、フリーズドライ加工した粉末状のスターターをメーカーが受注生産し、納入する仕組みです。初回共同購入には8件のチーズ工房が参加しました。共同購入グループへの参加募集は常時行っており、年2回の受注生産を継続しています。

2024年度からは、公益財団法人日本乳業技術協会(https://www.jdta.or.jp/)が実施主体となって「国産ナチュラルチーズ高付加価値化推進事業」(地方競馬全国協会〈NAR〉畜産振興事業)が開始されました。広く全国の工房にアンケートを取り、希望した工房には試供品のスターターを配布しています。NAR事業では、共同購入により製品の市販化を進めているOUT0010以外の3タイプ(33-5、P-17、OY-57の各タイプ)のスターターも配布しており、チーズ工房は様々なチーズの試作に取り組めます。

Jチーズスターターを用いて製造された、各工房のオリジナルチーズは一部市販されており、日本乳業技術協会のホームページで紹介されています(https://www.jdta.or.jp/nar3.html)。

研究グループの代表機関である農研機構の小林美穂さんは「全国のチーズ工房による、魅力的な地域ブランドチーズ、自己ブランドチーズの開発を後押しするツールとして、Jチーズスターターを役立てたい。国産メインスターター開発にも挑戦していきたい。」と話しています。

用語

*1 ナチュラルチーズ   乳を酵素や微生物の乳酸発酵により凝固させ、水分(ホエー=乳清)を分離したものです。熟成させないフレッシュタイプは高水分で組織が柔らかく、サラダやデザートにも利用され、消費期限が短いです。一方熟成タイプは、熟成温度や期間、熟成用微生物の関与などにより千差万別の品質となり、一般に長期熟成したものは低水分で消費期限が長くなります。ゴーダチーズはこのタイプです。プロセスチーズはナチュラルチーズに乳化剤などを加えて加熱して溶かし、再び成型したもので、加熱により乳酸菌が死滅して熟成が止まっており、長期間にわたり味や品質が安定しています。

*2 凝乳酵素(レンネット)   乳タンパク質を凝固させるものです。もともとは離乳前の仔牛の胃の消化液から抽出した仔牛レンネットを利用してきました。アニマルウェルフェアの観点から、古くから代替品が研究され、植物由来の植物レンネット、ある種のカビが生成する微生物レンネット、遺伝子組み換え技術によりレンネットに相当する酵素を微生物に作らせる遺伝子組み換えレンネットが知られています。

事業名

革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)

事業期間

平成29年4月~令和2年3月

課題名

国産スターターを用いたブランドチーズ製造技術の開発

研究実施機関

農研機構畜産研究部門、北海道立総合研究機構食品加工研究センター、とかち財団北海道立十勝圏地域食品加工技術センター、オホーツク地域振興機構オホーツク圏地域食品加工技術センター、函館地域産業振興財団北海道立工業技術センター、栃木県畜産酪農研究センター、帯広畜産大学生命・食料科学研究部門、国立小山工業高等専門学校、雪印種苗北海道研究農場、ノースプレインファーム株式会社、那須ナチュラルチーズ研究会


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