生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話71》国産ワカメの種苗供給を安定させ、優良品種を作出
2026年4月7日号
気候変動の影響による高水温化などの海洋環境の不安定化により、近年、国産ワカメの生産量が大きく減少しています。国内のワカメはほぼ養殖によって生産されています。国産ワカメにかかわる産業振興のためには、環境変化に対応し、養殖生産の安定化を図るための技術が必要です。
そこで、(国研)水産研究・教育機構や徳島県、(地独)大阪府立環境農林水産総合研究所などからなる研究グループは、従来の養殖工程のうち、最も気温・海水温上昇等の影響を受けている種苗生産において、これらの環境変化に対応し、種苗供給の安定化を図る技術を開発しました。また、養殖現場の要望に合う、高温耐性を備え、生長が良く、品質にも優れた新品種を作出し、ワカメでは初の品種登録をめざし、「鳴門美波(なるとみなみ)」の名で出願しました。さらに、ワカメ養殖中の魚類による食害に対応する、安価で効率的な防護法を開発し、普及を進めています。
「フリー配偶体」を活用したワカメの種苗生産
一年生の海藻であるワカメは、その生活史において微小な配偶体=用語*1=世代と大きな胞子体(ワカメ藻体)=用語*2=世代とを繰り返しています。春にワカメ(胞子体)の茎の根元にできる胞子葉(メカブ)=用語*3=から放出された遊走子=用語*4=が雌雄の配偶体になり夏を過ごします。秋に配偶体が成熟し、雌の配偶体に卵が、雄の配偶体に精子が作られ、受精後にワカメ幼芽が発芽します(図1)。ワカメ養殖の種苗生産は、夏の配偶体の管理から秋の幼芽の育成までの過程です。

図1:ワカメの生活史
=図、写真はいずれも水産研究・教育機構提供
これまでの種苗生産は、メカブから放出された遊走子の液に種苗糸を浸して採苗したうえで、種苗糸の上で遊走子から配偶体を育てて管理し、ワカメ幼芽を作る方式でした。屋外水槽で管理されるため、猛暑等の影響で種苗の歩留まり(養殖に用いることのできる種苗糸の割合)が低迷し、秋に海で本養殖する沖出しを前に種苗不足に陥りがちでした。
そこで研究グループは、上述した従来の種苗生産法に代わり、「フリー配偶体」を活用した集約的な種苗生産法を開発しました。「フリー配偶体」とは屋内でフラスコ等の容器で培養され、長期の保存も可能な配偶体(写真1、左)です。「フリー配偶体」を種苗糸に刷毛(はけ)や筆などで直接塗布する「塗布法」(写真1、右)と屋内での育成管理により、これまで20~50%だった種苗の歩留まりを90%に上げ、産業規模(数千メートル)で生産することに成功しました。また種苗の生産期間も従来の半年から1カ月程度へと大幅に短縮しました。
![]() |
![]() |
| 写真1:フラスコで培養されたフリー配偶体(左)、種苗糸にフリー配偶体を直接塗布する塗布法(右) | |
種苗のさらなる安定供給のため、冷蔵保存やLEDも活用
研究グループは、種苗生産・供給のさらなる安定化を図るため、夏季の陸上水槽での種苗管理に代わる種苗冷蔵保存技術、秋季の海中育苗に代わる陸上育苗技術を開発し、近年、夏と秋に頻発している異常気象・海況を回避して養殖用種苗の健苗性と歩留まりを大幅に向上させました。さらに、LED(発光ダイオード)やファインバブル(極微細な泡)による種苗生産の効率化(短期化)、生長の促進効果を実証しました。
種苗(配偶体)の冷蔵保存では、既存の塩蔵ワカメ保管用冷蔵庫などを活用することで、6カ月以上の保存が可能となり、種苗生産のリスクを分散できることを実証しました。
高水温に適応する優良品種を作出、「鳴門美波」の名で地域ブランド化めざす
海洋の高水温化を背景に、ワカメにも高温耐性を有した養殖品種が現場から求められています。研究グループは、鳴門産の早生系養殖ワカメ「NN株」のフリー雌性配偶体と徳島県美波町の暖海性天然ワカメ「HH株」のフリー雄性配偶体を交雑させて「NH株」を作出しました。「NH株」は高温耐性のみならず、生長と品質(葉にしわが少ない)に優れた特性を有しています。
ワカメはこれまで品種登録の実績がなかったため、研究グループは、葉長、葉重、葉厚、裂葉長、しわ、などの形態的特徴や色調などの優良形質・特性の評価手法をまとめ、審査基準案として農林水産省に提案しました。併せて、「NH株」を「鳴門美波」(写真2、左)の名称で2025年3月に品種登録出願しました。2028年度以降の品種登録をめざしており、優良品種による地域ブランド創出活性化の布石となることが期待されます。

写真2:「鳴門美波=NH株」(左)と従来の「鳴門養殖品種=NN株」。
鳴門美波の方が葉長、葉重が1.2~1.4倍になります
研究グループは、フリー配偶体を活用した交雑を通じ、緑色の鮮やかな「色調優良株」、食感の柔らかい「食感優良株」も作出、徳島県や大阪府の養殖業者の求めに応じたワカメの地域ブランドづくりを後押ししています。
魚類による食害防護に、「育苗ケージ」「簡易コイル方式」を開発
被害が拡大している魚類による食害に対し、安価で効率的な防護技術開発にも取り組みました。
海上での育苗期には、種苗糸を巻き付けた鉄製枠で種苗を育てますが、この鉄製枠を丸ごと包み込む金属メッシュの「育苗ケージ」(写真3)を開発しました。2021~2023年に鳴門海域で実証試験を行い、改良を重ねた結果、2023年の種苗の歩留まりはケージあり=96.7%、ケージなし=29.5%となりました(写真4)。徳島県鳴門地域で普及が進んでいます。

写真3:育苗ケージによるワカメ種苗の防護
![]() |
![]() |
| 写真4:2023年に育苗ケージで枠ごと防護したワカメの種苗糸(左)と防護しなかった種苗糸(右) | |
海上での本養殖期用には、「簡易コイル方式」を開発しました。針金をコイル状に巻いたものに、種苗糸を差し込んだ養殖ロープを通し、上部を浮力体(ブイ)で留めて海上に浮かべる構造であり(図2)、養殖ロープが波で動くとコイルが蛇腹のように動くことで、食害魚がコイル内のワカメ種苗に接触できないようにする仕組みです。

図2:針金を巻いた「簡易コイル」が、海水の流動で揺れ動き、食害魚を寄せ付けない威嚇効果を発揮します
新しい種苗生産、食害対応の技術は、いずれ全国へ
研究統括者の吉田吾郎さん(水産研究・教育機構)は「徳島県鳴門地域では、フリー配偶体によるワカメの種苗生産の普及が着実に進んでいます。また、『鳴門美波』の国内初事例となる品種登録が実現すれば、全国各地で作出された優良ワカメについても登録の道筋ができることとなり、多くの地域ブランドが創出される後押しとなることが期待できます」と話しています。
高水温に対応した種苗生産や魚による食害に対する防護法などの技術は、まだ温暖化の影響が顕著でない東北の三陸地域など東日本でも有効なものと考えられ、将来の国産ワカメの安定生産に貢献できる技術と考えられます。
用語
*1 配偶体 藻類や菌類における相同な染色体を1組のみ持つ単相(一倍体=n)の世代。ワカメの場合は雌雄の別があり、それぞれ卵(雌性配偶子)と精子(雄性配偶子)を作ります。受精で二倍体の胞子体へ移行します。
*2 胞子体 相同染色体を2組持つ複相(二倍体=2n)の世代で、雌雄の配偶子が接合した接合子が細胞分裂し、多細胞体となったもの。ワカメの場合、卵と精子が受精した後、受精卵が発芽し生長した世代。胞子体は減数分裂を経て胞子を作り、次の配偶体世代へとつなぐ役割を持ちます。
*3 胞子葉 ワカメの茎の根元に折り重なるように形成される、厚く波打ったひだ状の部位。一般に「メカブ」と呼ばれる生殖器官。春(3~6月ごろ)に成熟して茶褐色になり、遊走子を放出します。強い粘りとコリコリした食感が特徴で、食用にもなる栄養価の高い部分です。
*4 遊走子 鞭毛(べんもう)を持ち、水中を泳ぐ胞子です。
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業(応用研究ステージ)
事業期間
2018年度~2020年度
課題名
フリー配偶体の活用とサポート技術によるワカメ養殖のレジリエンス強化と生産性革命
研究実施機関
国立研究開発法人水産研究・教育機構(代表機関)、徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究課、地方独立行政法人大阪府立環境農林水産総合研究所、徳島大学
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ)
事業期間
2021年度~2024年度
課題名
優良品種作出と種苗供給の安定化による国産ワカメ養殖のレジリエンス強化と生産増大
研究実施機関
(国研)水産研究・教育機構(代表機関)、徳島県、(地独)大阪府立環境農林水産総合研究所、徳島大学、高知工業高等専門学校
こぼれ話は順次英訳版も出しています。英訳版はこちら
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/english/press/stories/index.html




