生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話75》 木質パルプ製造廃液からプラスチック原料を生産
2026年9月15日号
石油への依存を減らす方策の一つとして、木材などのバイオマス(生物資源)(用語*1)からプラスチックを生産する技術の開発が進められています。
長岡技術科学大学、森林総合研究所、東京科学大学などの研究グループは、未利用または低質な木質資源を用いて、紙の原料となる木質パルプを製造する工程で発生する廃液(黒液)から生分解性・高機能プラスチックの原料となるPDC(2-ピロン-4,6-ジカルボン酸)(用語*2)を高効率に生産する、細菌による変換技術を確立しました。黒液中には、木材の主要な成分であるリグニン(用語*3)の分解物が大量に含まれており、ここに、リグニン由来芳香族化合物(用語*4)分解細菌SYK-6株(用語*5)の改変株を加えると、細菌の代謝(用語*6)によってこれらの分解物からPDCが生産されます。
リグニンは地球上に豊富に存在する天然高分子資源ですが、複雑な高分子構造のため、あまり有効活用されていませんでした。本研究で開発した細菌を使った変換技術により有用なプラスチック原料を効率よく生産する道が開けました。
SYK-6改変株を用いてパルプ製造廃液(黒液)からPDCを効率よく生産
SYK-6株は約40年前に製紙工場の廃水処理施設から発見された細菌で、リグニン由来の芳香族化合物を効率よく分解できることが知られています。特に、他の細菌では分解が難しい複雑な芳香族化合物まで分解できることが大きな特徴です。
本研究では、このSYK-6株の代謝経路を遺伝子工学的に改良し、リグニン由来芳香族化合物からPDCを効率よく生産できるSYK-6改変株を作製しました。PDCは、生分解性などの機能を持つバイオマスプラスチックの原料として期待されている化合物です。
まず、針葉樹であるスギの黒液を原料として、SYK-6改変株を添加したところ、黒液中に確認された10種の芳香族化合物すべてをPDCに変換することができました。これら10種の化合物量を基準に算出すると、PDCへの変換効率は135%という高い値を示しました。これは、分析では確認できなかった化合物もPDCへ変換されたことを示しており、SYK-6改変株を加えることで黒液中のさまざまなリグニン由来芳香族化合物を高効率で有効利用できることが分かりました。

研究概要図:パルプ製造廃液(黒液)からSYK-6改変株を用いたプラスチック原料・PDCへの変換プロセス
=図、写真は長岡技術科学大学提供
一方、広葉樹であるシラカバの黒液には、シリンギル型リグニン由来芳香族化合物が多く含まれています。これらは細菌内で代謝経路が複数に分岐するため、PDCへの変換効率が低下するという課題がありました。本研究では、この分岐に「desY遺伝子」が関与することを発見しました。そこで、desYを含む3つの遺伝子を破壊し、代謝の流れをPDC生産経路に集約できるように、シラカバ黒液に適したSYK-6改変株をスギの黒液用とは別に作製しました。その結果、シラカバ黒液から62%の変換効率でPDCを生産することに成功しました。
この研究により、パルプ製造で発生する黒液中のリグニン由来成分から、プラスチック原料となるPDCを生産できることが実証されました。

培養装置(ジャーファーメンター)を使い、SYK-6改変株が効率よくPDCを生産できる条件を調べているところ
豊富なリグニンを細菌の力で有用な化学品に変換
木質資源から得られるリグニンは、地球上でセルロースに次いで2番目に豊富に存在する天然高分子であり、植物由来の再生可能な芳香族炭素資源です。しかし、リグニンは複雑な高分子構造を持つため、これまであまり有効活用されていませんでした。パルプ製造廃液である黒液にはリグニンが化学処理で分解された雑多な芳香族化合物が含まれます。このようなリグニン由来の芳香族化合物を細菌の代謝能力で有用な化学品(プラスチックなどモノづくりの材料になる化学物質)に変換する「バイオロジカルファネリング」(用語*7)という手法が注目されています。
世界的に脱石油の機運が高まる中、本研究は実際の木質資源の処理物である黒液から、生分解性プラスチック原料を細菌を利用して生産する基盤技術を確立しました。担当者の政井英司・長岡技術科学大学教授は「30年以上にわたって積み重ねてきたリグニン代謝の基礎研究が現在の物質生産研究の土台となっています。ようやく、その成果を応用へと展開する段階に来ました。今後は、細菌株のさらなる改良、培養条件の最適化やスケールアップを進め、木質資源からのプラスチック生産の実用化を目指します」と話しています。なお、今回開発した技術は、遺伝子組換え等の規制に該当しません。石油に頼らないプラスチック原料の製造技術として、持続可能な社会の実現に貢献することが期待されます。
用語
*1 バイオマス(生物資源) 化石資源(石油・石炭・天然ガス)を除く、動植物などの生物由来の有機物を指します。木材や間伐材、稲わら、サトウキビかすなどもその一例です。植物は成長時に大気中のCO2を吸収するため、適切に循環させることで大気中のCO2の増加を抑える「カーボンニュートラル」な資源です。バイオマスの活用は、未利用材、草、農作物、農業残渣(ざんさ)などを有用な資源として生まれ変わらせることにつながります。
*2 PDC(2-ピロン-4,6-ジカルボン酸) SYK-6株がリグニン由来芳香族化合物を分解する過程で生成する化合物で、生分解性を示すポリエステルなどの高分子材料や接着剤の原料としての活用が期待されています。
*3 リグニン 木材は主にセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3成分から構成されています。一般的に、セルロース50%、ヘミセルロース20%、リグニン30%の割合となっています。鉄筋コンクリートに例えると、セルロース=鉄筋、ヘミセルロース=接着補助剤、リグニン=コンクリートのような役割を持っています。
*4 芳香族化合物 炭素6個が輪になった構造のベンゼン環などの芳香環を持つ有機化合物です。塗料や溶剤の原料になるトルエン、樹脂原料となるフェノールなどがあります。リグニンはこのような芳香環を持つ構造が多数つながった高分子で、「芳香族高分子」と呼ばれます。
*5 リグニン由来芳香族化合物分解細菌SYK-6株 SYK-6株は、製紙工場の排水処理施設から発見された細菌です。リグニン由来のさまざまな芳香族化合物(バニリン、バニリン酸、シリンガ酸など)を栄養源として利用して代謝・分解し、PDCなどの有用化合物へ変換する能力があります。
今回の研究では、木質バイオマスからリグニンを除去してパルプを得る「蒸解」の際に生じる黒液を、細菌による変換に利用しました。パルプ製造で一般的に用いられる「クラフト蒸解」では硫黄化合物を使用しますが、本研究では、細菌による変換に利用することを考慮して、硫黄化合物を使用しない「酸素添加ソーダ・アントラキノン蒸解」によって得られる黒液を利用しています。
*6 代謝 生物の体内で、栄養となる物質を分解してエネルギーを得たり、生命活動に必要な物質を合成したりする一連の化学反応のことです。物質を合成する「同化」と、物質を分解する「異化」に分けられます。
*7 バイオロジカルファネリング 「ファネル(funnel)」は英語で漏斗(ろうと)の意味。多種類の化合物の混合物を、微生物の代謝を利用して1つの有用化学品へ、漏斗のように集約する技術のことです。
事業名
イノベーション創出強化研究推進事業
事業期間
2019年度~2021年度
課題名
未利用・低質国産材を原料とする高付加価値素材生産・利用システムの構築
研究実施機関
(国研)森林研究・整備機構(代表機関)、長岡技術科学大学、東京大学、日本化薬株式会社、東京工業大学(現東京科学大学)
