研究代表者氏名及び所属
寺尾 純二(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)
総合評価結果
やや不十分
評価結果概要
(1)全体評価
ユビキチンリガーゼCbl-bの活性化が筋肉老化の原因の1つとされるが、タマネギや大豆などに含まれるフラボノイドやオリゴペプチドはCbl-b活性を阻害することが知られている。本研究では、まずマウスにフラボノイドやオリゴペプチドを投与してそれらの作用解析を行い、その結果を基にヒトの臨床試験を行ってこれらの物質がヒトにおいても有効かどうかを調べようとするものである。
タマネギケルセチン、プレニルフラボノイドおよびプレニル化フラボノイドを含む食品素材の投与が強い抗筋萎縮作用を発揮すること、および大豆タンパク質グリシニン由来ペプチドがタンパクをユビキチン化する酵素の活性阻害を介して抗筋萎縮作用を起こすことをマウスで明らかにした。これらの研究結果を基にタマネギおよび大豆タンパク質の抗筋萎縮作用評価のためのヒト臨床試験を開始したが、試験途中で研究終了となってしまった。
最終目標であるヒトにおける筋萎縮の予防または防止に実際に役立つ物質の特定を目指したが、抗ユビキチン化ペプチド(Cblin)とプレニル化フラボノイドの研究が進展せず、本格的なヒト臨床研究に持ち込むことはできなかった。臨床試験はフラボノイドやオリゴペプチドなどの食品素材でなくタマネギや大豆タンパク質になってしまい、基礎実験と臨床応用研究とが乖離することとなった。本研究の最終目標は社会の要請に沿ったものであり成果が期待されただけに、最終的な目標に達することができなかったことは残念である。
(2)中課題別評価
中課題A「フラボノイドの探索と作用解析」
(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 寺尾 純二)
植物フラボノイドのタマネギケルセチンやプレニルフラボノイドおよびプレニル化フラボノイドを含む食材の摂取が強い抗筋萎縮作用を起こすこと、および有機合成したプレニル化フラボノイドが骨格筋タンパク質の分解を抑制することをマウスで明らかにした。また、その分解抑制はCbl-bの発現抑制によることを見出した。ケルセチンはミトコンドリア異常に基づく活性酸素の発生を抑制することを明らかにした。これらの結果を基に行ったヒト臨床試験では、10名の被験者の協力を得て30日間の試験食摂取試験を行い、血清や尿に含まれる成分の解析を行った。しかし、結果を出す前にプロジェクト研究の終了となってしまった。幾つかのプレニル化フラボノイドについてプレニル化ケルセチンがより多く蓄積することを動物で示したことは評価できる。しかし、それらが実際に筋萎縮をどの程度防止出来るのか、また、ヒトについても筋萎縮の防止作用を示すのか否かについて解明できずに終ってしまった。ヒト臨床試験の開始が遅すぎたことは残念である。計算科学的にPPRタンパク質のRNA認識コードを初めて明らかにした点は学術的に高く評価でき、今後の研究の進展が期待される。今後、個体での機能評価については、シロイヌナズナや酵母などのモデル生物系を用いて、人工PPRが設計通りに生体内で機能することを効率的に実証する必要がある。目的に合わせた人工PPRタンパク質を構築するためには、より詳細に試験管内の実験による知見を積み重ねて確認する必要があるが、目的の達成のためにはより戦略的、かつ長期的な研究が必要である。目標とした雄性不稔を利用したハイブリッド育種などへの応用はこれからの課題であるが、見出された知見がさまざまな生物産業に応用されることを期待する。
中課題B「ペプチドの探索と作用解析」
(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 二川 健)
タンパク質/ペプチドの食材の中からCbl-bの阻害剤を探索するスクリーニングシステムを開発し、大豆タンパク質(グリシニン)食材などにCbl-b阻害効果があることをマウスで発見した。この成果に基づいて健常人と寝たきり患者に対して大豆蛋白質食、カゼイン食の1ヶ月間の介入試験を行った。その結果、カゼイン食に比べ大豆タンパク質食に筋タンパク質分解マーカー(3-メチルヒスチジン)の改善、および筋力と筋容積の増大を示す対象者が多い傾向を示した。しかし例数が少なく、成果の確認には至っていない。一方、イネにCblinを組み込むことに成功し、Cblin含有米の作出が可能となった。抗ユビキチン化に要するペプチド構造の同定、細胞内ペプチド輸送評価系やペプチド摂取測定系の確立、動物実験による大豆ペプチド大量摂取の安全性確認などを行い、またCblinに筋萎縮抑制効果のあることを明らかにしたことは評価出来るが、動物実験までで終わっている。新規の物質をどのような手続きを経てヒト臨床試験に持って行くかについての検討が不十分のまま研究に入ってしまったためと思われる。
中課題C「発酵法による高度機能化技術」
(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 馬嶋 秀行)
前半の3年間において、ミリストイル化修飾酵素をイネcDNAライブラリーからクローニングした。また、ヒノヒカリと黒米サンプルにおけるミリストイル化およびプレニル化酵素遺伝子発現ならびに世界の各地域の栽培品種および野生種のコメサンプルの酵素遺伝子発現を調べた。計画が遠大過ぎて5年間で所期の目的に到達するための吟味が不十分であった。研究分担者交代など不測の事態を考慮したとしても、当初の研究計画に対して十分な成果を得ているとは言い難い。研究内容と研究代表者が設定した研究目標との整合性が不足していたと考えられる。