生物系特定産業技術研究支援センター 研究資金業務

イノベーション創出基礎的研究推進事業(終了)

2012年度 終了時評価結果

作物の抵抗性誘導経路の強化による新規病虫害複合防除手法の開発

研究代表者氏名及び所属

光原 一朗((独)農業生物資源研究所)

総合評価結果

当初計画通り推進

評価結果概要

 (1)全体評価 

本研究は、ジャスモン酸/エチレン(JA/ET)系の抵抗性誘導経路の強化による病虫害複合防除法の開発を目的としている。MAPキナーゼ(MAPK)カスケード遺伝子の病虫害応答における一部の機能解明、病虫害抵抗性向上のためにMAPK 経路を強化した組換え作物の作出、この抵抗性を誘導する物質の単離・同定とその誘導物質の投与効果の実証等、新規性が認められる成果を挙げており、一定の目標は達成されたと判断する。JA/ET系MAPKを負に制御するMAPK フォスファターゼの発現抑制が防御応答を促進し、病虫害抵抗性を強化するとの成果が示されたことは今後の実用技術開発に向けた一つの方向性を示唆するものである。また、天敵類に直接影響しない害虫抵抗性誘導物質の発見は、生態系に対する負荷が低い生産コストを低減できる新規の防除技術に繋がることが期待できる。

しかしながら、研究展開の面からはいささか広がりに欠けており、MAPK 経路を強化した組換え作物についての標的遺伝子以外の遺伝子に対する影響評価及びJA/ET系の抵抗性誘導に関わる指標遺伝子や調節遺伝子の網羅的な探索が行われていないこと、MAPキナーゼカスケード以外の新規遺伝子が見つからなかったこと、新規の害虫抵抗性誘導物質の有効濃度が高く、その抵抗性がそれほど高くないこと等、問題点を指摘したい。なお、特許3件を取得しているものの、本課題におけるエフォートの高さを勘案すると原著論文数はやや少ない。今後、長期目標である病虫害の複合防除手法開発に向けて、病虫害抵抗性の評価に係る基盤研究のさらなる拡充を望む。

 

 (2)中課題別評価

中課題A「植物の病虫害ストレス応答機構の解析」

((独)農業生物資源研究所 光原 一朗)

JA/ET系による抵抗性評価法の確立及び抵抗性強化作物の作出について、JA/ET系シグナル伝達の調節遺伝子としてMAPKに着目した病虫害複合抵抗性の強化、その上流のMAPKKの過剰発現、MAPKを負に制御するMAPK フォスファターゼの発現抑制方策等、概ね研究の進展が認められた中間評価時に指摘されたトマトを対象に解析を進めることについても、抵抗性強化の実現に向けた取り組みが行われる等、病虫害に複合抵抗性を持つ組換え作物作出の指針となることが期待される。また、NtMKP1遺伝子発現抑制タバコにおける虫害抵抗性の亢進という中間評価時の結果を踏まえ、JA/ET系MAPKの負の制御遺伝子の発現抑制による抵抗性作物の作出手法の実現可能性を示したことは、評価できる。

今後、実用化に繋げるには、抵抗性誘導能を評価するための分子レベルにおける構造や機能の解析をより充実させ、サリチル酸やエチレン等の他の植物ホルモンシグナル伝達系への影響を含めた客観的・網羅的な遺伝子発現解析が求められる。

 

中課題B「植物に誘導抵抗性を付与するシグナル物質の探索」

((独)農業生物資源研究所 瀬尾 茂美)

青枯病を抑制する物質としてWAF-1と同じラブダン型ジテルペンであるスクラレオール等を同定し、既知の抵抗性誘導物質とは異なる作用点を持つことを明らかにするとともに、ハダニの抵抗性誘導物質としてカロチン系化合物TRI-1を単離同定する等、環境保全型の病害防御に役立つ病害防除剤のリード化合物開発に繋がる成果を得たと評価する。また、市販の植物調節剤における青枯病抑制活性が主にヒスチジンによることを確認しており、植物内在性シグナル物質WAF-1とその類縁体スクラレオールについて病虫害抵抗性の誘導能の評価及び構造活性相関の解析を進めて、3件の特許出願に至る等順調に進捗したが、一方で、本研究と直接関連する原著論文数は少ない。今後、WAF-1、スクラレオール等の内在性の抵抗性誘導物質生成の上流に存在すると推測されるシグナル伝達経路についても抵抗性誘導の作用機作の観点から、解析を望みたい。

 

中課題C「害虫防除のための抵抗性誘導手法の評価」

((独)農業環境技術研究所 望月 淳)

摂食様式の異なる害虫を用いてJA/ET系に関する虫害抵抗性の評価系を確立し、WIPK遺伝子過剰発現タバコ植物、MKK1遺伝子過剰発現トマト植物及びJA/ET系MAPKを負に制御するMAPK フォスファターゼの発現抑制タバコ植物について、ヨトウガ、ナミハダニ、及びヨトウガに対する抵抗性を確認したこと、及びTRI-1処理したトマト葉にナミハダニ抵抗性を確認したことは、虫害抵抗性の機構解明及び抵抗性強化の実用化に資する成果である。食葉性害虫や吸汁性害虫の加害がジャスモン酸誘導による遺伝子発現量を増加させ、また潜葉性昆虫のトマトハモグリバエ成虫では産卵後にジャスモン酸誘導性遺伝子の発現量が増加するが、幼虫ふ化後にはサリチル酸誘導性遺伝子発現量を増加させジャスモン酸誘導性遺伝子発現量を減少させるとの結果は本中課題に独自性を与える部分である。

しかしながら、特に成果の公表と情報発信の点では物足りず、原著論文2報の公表があるものの、中課題責任者としての貢献度は不明であり、費用対効果の面からは十分でなく、本課題で得られた研究成果のさらなる論文化が求められる。今後、病虫害の複合防除技術の開発に向け、病原ウイルス及び媒介昆虫の加害・感染についての検討も望みたい。