生物系特定産業技術研究支援センター 研究資金業務

イノベーション創出基礎的研究推進事業(終了)

2012年度 終了時評価結果

植物糸状菌病制御のためのヴァイロコントロール因子導入法の開発

研究代表者氏名及び所属

兼松 聡子((独)農研機構 果樹研究所)

総合評価結果

極めて優れている

評価結果概要

 (1)全体評価 

本研究は、白紋羽病菌と紫紋羽病菌の菌糸中に存在するウイルスの単離・同定・特性解析を通じて、病原糸状菌の伸展・増殖抑制因子として機能するヴァイロコントロール(VC)因子を明らかにしつつ、リンゴやナシ等の果樹生産において大きな被害をもたらし難防除病害である病原糸状菌の新たな防除法として活用する方途を探ることを目標とした。各分野の専門家で構成される4中課題が連携・共同研究を適切に行いながら、計画に則って適切かつ円滑に研究を遂行し、関連分野の世界の研究をリードする科学的に価値が高い当初想定以上の優れた成果を上げるとともに、VC因子を任意の菌株に移行・導入する新規手法の開発にも成功する等、優れた研究成果を上げたものと高く評価できる。なかでも、新規に単離・同定したメガビルナウイルスのような新規ウイルスがVC因子として利用できることを示した点、細胞質不和合性を示す菌株間においてもVC因子を移行させることを可能とする塩化亜鉛処理方法を開発できた点、菌食性線虫によって菌糸間でのウイルス伝達が可能であることの発見等、これまでに無い新規な発見や独創的な手法の開発に成功し、3件の特許として出願したこと、さらには、今回発見したVC因子を用いて白紋羽病の発病抑制効果をモデル実験で実証できたこと等、VC因子を活用する難防除病害糸状菌の制御を念頭に置いた生物系特定産業への利活用に新しい道を開くものであり、今後の成果の活用に大きな期待が持たれる。一方、本研究で得られた成果は、国際的にも著名な学術誌等において57編の学術論文あるいは総説・解説論文等として公表され、また、国際学会を含め150件を超える学会発表が行われたこと、国際シンポジウムを含めて8件のシンポジウム・セミナーを開催してきたこと等は特筆すべきものであり、成果の公表や普及にも極めて意欲的に取り組んできた結果と高く評価でき、今後の波及効果が期待される。

  

 (2)中課題別評価

中課題A「細胞質不和合性の機構解明」

(神戸大学 池田 健一)

本中課題では、白紋羽病菌と紫紋羽病菌を材料として細胞質不和合性を示す菌株間の相互作用について、目視、光学および電子顕微鏡を用いた詳細な微細構造解析に意欲的に取り組み、細胞死(PCD)は、液胞の崩壊から始まり、細胞膜・核膜・ER膜の崩壊、最後にミトコンドリアの崩壊へと進行することを明らかにしモデル糸状菌で言われていたアポトーシスとは異なる不和合性を示すこと、白紋羽病菌と紫紋羽病菌では異なるタイプのPCDであること等、基礎研究として重要な成果を上げており、関連分野の今後の研究進展に貢献しうるものとして高く評価できる。また、その研究成果を14編の学術論文や総説・解説論文として公表するとともに、49件の口頭発表を行い、国際シンポジウムも主催する等、研究成果の情報発信も意欲的に行われたと高く評価できる。

さらに、不和合性菌株間で不和合性を回避してウイルスを移行させる処理方法の開発に粘り強く取り組み、塩化亜鉛処理によってウイルスを移行させうることを見いだした点は、任意のマイコウイルスを菌糸融合群の異なる任意の菌株に自在に移行させる汎用的なVCの実現可能性を大きく高めたと言え、本研究全体の最終目標である任意の菌株へのVC因子の移行・導入手法開発の達成に大きな貢献をしている。この新手法は特許出願しており、生物系特定産業への利用の観点でも一定の成果を上げたものと評価でき、今後の研究の発展や実用技術への展開が期待される。

 

中課題B「マイコウイルスの分子生物学」

(岡山大学 近藤 秀樹)

本中課題では、紋羽病菌のVC因子の実体であるマイコウイルスの特性解析およびウイルスインベントリーを作成するという目標に向け、日本各地で採集した白紋羽病菌の菌糸中に存在する多種多様なウイルスを可能な限り探索し、その同定・特性解析を意欲的に進めた。その結果、新規ウイルスを10種以上同定することに成功し、なかでもメガビルナウイルスとクアドリウイルスの2種は国際ウイルス分類委員会によって新科として承認され、ウイルス科学の今後の発展にとってインパクトが大きく、かつ、極めた優れた研究成果を上げたものと高く評価でき、今後のさらなる研究発展が期待される。また、発見したユニークなメガビルナウイルスでは、感染性のあるウイルス粒子の大量精製に成功し、中課題Dとの連携・共同研究で、白紋羽病菌への導入実験、導入した白紋羽病菌の植物に対する病原性試験を行い、VC因子として有望なものであることを見いだした点は本研究全体の最終目標であるVC因子の単離・活用に大きな貢献をしており、生物系特定産業への利活用の観点でも高く評価できる。

これらの研究成果は、国際的に著名な学術雑誌(J.Virology)を含め、25編の学術論文あるいは総説・解説論文等として公表するとともに、64件の口頭発表が行われており、5件のシンポジウム・セミナーを主催したことから、研究成果の公表や普及にも意欲的に取り組んできたものと極めて高く評価できる。

現段階では、いくつかのVC因子について、感染性核酸の合成には成功していないが、近いうちに達成できるものと期待する。また、副次的な成果として、白紋羽病菌に寄生するパルティティウイルスのようなRNAウイルスのゲノムが進化過程で宿主植物のアブラナ科植物のゲノムに組み込まれていたことを発見し、ゲノム科学的に生物の進化を考える上でインパクトが大きく、今後の研究発展が強く期待される。

 

中課題C「アグロバクテリウム法によるウイルス発現株の作出」

(県立広島大学 森永 力)

(平成22年度中間評価年度で当初計画通り完了したため終了時評価の中課題別は実施しないが、研究全体の評価には含まれる。)

 

中課題D「マイコウイルスの導入法開発とウイルス感染菌株の特性解析」

((独)農研機構 果樹研究所 兼松 聡子) 

本中課題は、研究全体の中核的な課題であり、他の中課題との密接な連携・共同研究によって、任意の菌株へVC因子を自在に移入・導入できる手法を開発することに意欲的に取り組み、当初計画していたプロトプラストを用いる手法やパーティクルガンを用いる手法の開発に成功するとともに、中課題Aとの共同研究によって、塩化亜鉛処理によって細胞質不和合性を克服して不和合性菌株間においてもウイルスを移入できる手法の開発に成功した。さらに、土壌生物の徹底的な探索によって、ある種の菌食性線虫が菌糸間でウイルスを媒介すると言う驚くべき発見をし、この仕組みを使い最終目標である任意の菌株へVC因子を移入・導入しうる独創的手法を開発した。これらの成果は、世界に先駆けて、これまで不可能とされていた細胞質不和合性による細胞死の壁を打破し、任意の菌株にVC因子を導入する基盤技術を開発したものであり、基礎研究としても当初想定以上の極めてインパクトの高い成果である。また、これらの成果を3件特許出願したことから、生物系特定産業への利活用の観点でも極めて大きな成果を上げたものと高く評価できる。 

さらに、中課題Bとの共同研究により、メガビルナウイルスが有力なVC因子であることを見いだすとともに、温室でのモデル実験ではあるが、VC因子の導入によって白紋羽病の発病抑制に成功したこと、罹病樹上に生息する菌糸に野外条件下でVC因子を移行・導入させることにも成功する等、本研究の成果を実際の圃場現場で利活用するための基礎的知見を既に得ていることから、今後、本研究の成果を生物系特定産業に利用する観点では大きな貢献ができるものと強く期待される。 

一方、これらの研究成果は、18編の学術論文あるいは総説・解説論文等として公表され、47件の口頭発表も行われ、さらに、他の中課題との共同によって国際シンポジウム・セミナー等が多数開催されていることから、研究成果の公表・普及にも積極的に取り組んできたものと高く評価でき、今後の関連分野の発展や実用化に向けて大きな波及効果をもたらすものと強く期待される。実用化のためには、誰がどのようにしてVC因子導入の菌株を生産し、施用した後にどのようにして誰がVC因子の定着を確認するのか等の難しい課題を現場の実情に合わせて一つ一つクリアする必要があると考えられる。今後の実用化に向けての更なる取り組みを期待する。