研究代表者氏名及び所属
吉浦 康寿((独)水産総合研究センター増養殖研究所)
総合評価結果
極めて優れている
評価結果概要
(1)全体評価
本課題は、養殖魚の品種改良にTILLING法(植物で開発された、突然変異を利用した品種改良技術)を利用した新品種作出技術の開発を目的とし、方法論確立を目指した研究を行った。その結果、養殖魚(トラフグ、アマゴ)における化学変異原(エチルニトロソウレア)注射による実用的な変異導入法の確立とトラフグの変異導入精子ライブラリーの構築(中課題A)、突然変異導入効率の迅速な評価法の確立(中課題B)、ミオスタチン変異が高産肉生に結びつくことの実証(中課題B)、レプチン受容体欠損が高成長・高餌料効率を示すことの実証(中課題B)、ウイルス抵抗性に関与する12種の宿主因子遺伝子の同定(中課題C)、オプティニューリン遺伝子変異が抗ウイルス性に結びつくことの実証(中課題C)等の極めて優れた成果が得られ、中課題Dはミオスタチン、レプチン受容体をはじめとする各種遺伝子変異メダカの作製・提供を行い、中課題B、Cの成果に大きく貢献するとともに、モデル系のメダカの利用の有効性を示した。
これらの成果は、TILLING法が養殖魚に適用可能で、新品種作出に有効であることを示した。養殖魚の突然変異ライブラリーから目的の変異個体を選択するという方法論の実証は、養殖魚の育種の効率化をもたらすことができる、特筆される成果である。特許も2件出願して、十分な成果が得られたものと判断される。得られた成果は代表者の指導性が十分に発揮され、各課題が情報を密に交換し、協力した結果である。中課題別にみるとそれぞれ情報発信における多寡は認められたが、費用対効果はいずれの中課題においても極めて高い。目標を達成し、応用研究への新たな展望を示した点は特に高く評価できる。近い将来、養殖魚種を対象とした、日本発の安心・安全な新たな育種技法として確立されることが期待される。
(2)中課題別評価
中課題A「養殖魚における高頻度突然変異導入技術の確立」
((独)水産総合研究センター増養殖研究所 岡本 裕之、東京大学附属水産研究所 菊池 潔)
中課題Aは養殖魚における化学変異原の実用的な投与法および変異導入効率の迅速な評価法を確立し、それらを活用して突然変異体ライブリー作製のための養殖魚における高頻度突然変異導入技術を確立することを目的とした。トラフグおよびアマゴに対して、これまで魚類では行われていなかった腹腔注射投与法が食用魚類に有効な化学変異原投与法であることを証明した。また、他魚種にも利用可能な高解像度融解曲線解析法による一塩基導入変異の効率的検出システムを構築した。変異導入効率を算出し、トラフグでは1,000尾の変異導入個体の中から目的の遺伝子に変異を見出すことができることを明らかにした。この実験に用いた変異導入精子は、再受精可能な状態で凍結保存し、精子バンクを構築して今後新たな有用遺伝子変異を選抜することを可能とした。
本技術は、種苗生産可能な全ての魚類に適応でき、対象範囲は極めて広く、将来的に養殖魚産業に大きく寄与する養殖魚の優良品種作出に道を開く極めて大きな成果である。研究成果は特許出願を済ませており、論文発表、国内外の学会発表、民間への広報にも努め、成果の公表も行っている。本課題は将来、生物系特定産業に寄与できる技術開発である点において、特に高く評価される。
中課題B「養殖魚の高品質化に有効な遺伝子の探索:可食部位の高品質化に関わる物質」
((独)水産総合研究センター増養殖研究所 吉浦 康寿)
哺乳類の知見から可食部位の増加等、品種の高品質化に有効な遺伝子を特定することを目的とした。中課題Dと連携してミオスタチン(筋肉の成長を抑制)およびレプチン(食欲を抑制)受容体変異体メダカを作製し、これら変異体の表現型解析を行った。ミオスタチン遺伝子変異メダカはダブルマッスル牛と同様に筋肉量が2倍に増加し、レプチン受容体遺伝子変異メダカは食欲旺盛で高成長を示すばかりではなく、餌料効率が高く同じ量の餌でより大きくなる養殖魚にとって好ましい形質を持つことを明らかにして特許出願をした。今回明らかにした肉量や成長、餌料効率に関わる遺伝子は、養殖魚種への応用のなかで重要性が高く、得られた成果は極めて優れたものである。
まだ養殖対象種において最終確認はできていないが、中課題Bの最終目標である「養殖魚の高品質化に有効な遺伝子の探索:可食部位の高品質化に関わる形質」の基盤は確立されたと判断される。今後、出来るだけ早く、養殖魚における検証を行うことが期待される。また、論文発表、学会等発表に加え、プレリリースを行い、研究成果の公表を積極的に行った点は高く評価される。
中課題C「養殖魚の高品質化に有効な遺伝子の探索:耐病性に関わる形質」
(広島大学 冲中 泰)
養殖魚で問題となっているウイルス病に対して耐病性に関わる遺伝子を候補を特定して変異体メダカで表現型解析を行い、耐病性を評価して養殖魚の高品質化に有効な遺伝子を特定することを目的とした。ベータノダウイルスが原因となるウイルス性神経壊死症に対して、ウイルス蛋白質と相互作用する遺伝子を同定した。それらの遺伝子について中課題Dと連携して作出した変異体のうち、オプティニューリン遺伝子変異が実際にメダカ個体の感染実験において抗ウイルス性を示すことを明らかにした。オプティニューリン変異体はベータノダウイルスのみならず、その他多くのウイルスに耐性を示すことが期待される。またこの遺伝子は魚類に普遍的に存在しているため、養殖対象種へ応用できれば水産業への寄与は非常に大きく、当初の設定目標を達成したと判断される。魚類ウイルスの感染・増殖に関わる宿主因子の単離例は少なく、また作製した遺伝子変異メダカがウイルス抵抗性を示した研究例は未だ無く、科学的価値は極めて高い。しかし、論文は1報、学会等発表は全て国内であり、情報発信が不十分であるので、研究成果を早急に論文発表する必要がある。
中課題D「遺伝子変異メダカの作製とその効率化」
(慶應義塾大学 谷口 善仁)
変異導入の高効率化を目指し、より高頻度の変異導入が可能なDNA修復不全メダカを用いて、より多くの遺伝子が破壊されている効率のよいメダカライブラリーを作製することを目的とした。また、既存のライブラリーから養殖魚の高品質化に有効な候補遺伝子に変異のある変異体メダカを作製した。ライブラリー作製では、DNA修復不全メダカの変異導入効率を検討し、高効率ライブラリーを作製するとともに、既存ライブラリーを拡充した。遺伝子変異体メダカの作製では、メダカのミオスタチン変異、レプチン受容体変異、耐病性遺伝子変異系統の作製に成功し、中課題B、Cに提供し、メダカが魚類におけるTILLING法による変異体作出のモデル動物として有用であることを示した。実験モデル系であるメダカの変異体の作製と提供によって本プロジェクトの中核となる基盤研究が大きく進展した。情報発信に関しては決して十分とは言えないが、本課題は大きくプロジェクトの進展に大きく貢献したと優れた研究であると判断できる。