研究代表者氏名及び所属
射場 厚(九州大学大学院理学研究院)
総合評価結果
優れている
評価結果概要
(1)全体評価
本研究は、高CO2環境におけるバイオマス生産の向上を目的とし、植物のCO2応答にともなう情報伝達および恒常性制御の分子遺伝学的解析、メタボローム解析による高CO2適合型農林作物における新規代謝変動の解析、高CO2適合型森林育成システムの解析とリスク評価に関して、分子から群集生態まで幅広いスケールの研究を行った。研究は着実に進捗し、気孔開閉等の制御遺伝子の解明、高CO2に応答した植物代謝変化の解明、高CO2環境下における北方系落葉広葉樹5種の光合成特性の違いの発見およびそれに基づくバイオマス生産を増大することが可能な森林群落のモデル化などの成果を得た。このように、個々の研究においては多くの優れた成果を得ており、植物の高CO2応答についての理解を大きく進展させた。特に、気孔関連因子に関する研究は、植物の高CO2応答にとどまらず、植物生理学全体に大きなインパクトを与える可能性のある優れた成果である。しかしながら、本研究全体を見ると、個々の知見と高CO2条件下における作物生産あるいは森林生産との関係が不明瞭であり、バイオマス生産基盤の開発に利用するまでには、なお多くの知見の集積が必要である。なお、研究成果の情報発信については、インパクトファクターの高い雑誌に多くの論文が掲載されており高く評価できる。
(2)中課題別評価
中課題A「植物のCO2応答にともなう情報伝達および恒常性制御の分子遺伝学的解析」
(九州大学大学院理学研究院 射場 厚)
葉温の画像解析によって単離された、高CO2濃度に応答しないシロイヌナズナ変異株の解析から、細胞膜の主要なエネルギー代謝を調節する遺伝子を同定するとともに、この遺伝子が、気孔の開口部形成と開閉機能に関与していることを明らかにした。また、イネにおいては、気孔開度の制御機構が光合成速度の規制要因となっていることを示した。これらの成果は、植物生理学全体に大きなインパクトを与える可能性のある科学的価値の高いものであろう。しかしながら、本来の研究目的でもあった、新たに発見した遺伝子を使って、気孔の機能をどのように調節すれば高CO2環境で優れた有用作物を生み出せるのかについては研究が及んでいない。この点に関しては、研究中に得られた遺伝的変異体やエコタイプを材料として、中課題Cのモデル研究とリンクさせれば答えを出すことも不可能ではなかっただけに惜しまれる。したがって、生物系特定産業への具体的な貢献については今後の研究に期待する。なお、論文は平成23年度までは少なかったが、24年度にはインパクトファクターの高い雑誌に多く公表しており、情報発信に関しては高く評価できる。
中課題B「メタボローム解析による高CO2適合型農林作物における新規代謝変動の同定」
(埼玉大学環境科学研究センター(H20-22: 東京大学) 内宮 博文)
メタボローム解析による代謝変動解析では、イネ、シロイヌナズナ、エゾノギシギシを対象に、キャピラリー電気泳動質量分析器および酵素学的手法を用いて、主要な一次代謝産物を定量化することを可能にした。また、この測定システムを用いて、高CO2に応答する代謝変化を解析し、代謝マップレベルにおけるCO2応答の全体像を明らかにするなど多くの優れた成果を得た。さらに、電子伝達および還元力供給装置(光化学複合体)とストレス応答機構に関しては、電子伝達系の促進効果が光合成の実質的向上に寄与することを明らかにした。また、イネのハバタキ×ササニシキの戻し交雑自殖系統を用いて熱放散に関連する遺伝子を解析し、集めた光エネルギーを光合成に使わずに熱として捨てる仕組みを制御する原因遺伝子を発見した。これらの成果は基礎的研究としては高く評価できるが、高CO2適合との関連が十分に解析されていないため、生物系特定産業への寄与については今後の研究に期待する。今後の検証を待つ必要がある。なお、情報発信については高水準の論文が公表されており、高く評価できる。
中課題C「高CO2適合型森林育成システムの開発とリスク評価」
((独)森林総合研究所 宇都木 玄)
高CO2環境条件下においてバイオマス生産の高い森林群落の設計を目指して研究を行った。研究の結果、研究対象として選んだ、遷移段階の異なる北方系落葉広葉樹の5樹種すべてが高CO2環境下で光合成速度が低下し、その程度は遷移初期の樹種ほど大きく、また低下の程度は、窒素固定菌と共生するケヤマハンノキが最小であること、また、光合成速度の低下は同化産物の蓄積に原因がある可能性が高いことを示唆した。さらに、これらのプロセスを組み込んだ群落光合成総生産量(GPP)推定モデルを構築し、高CO2環境条件でバイオマス生産を増大することが可能な森林群落を提案した。このように、本中課題は当初および中間評価以降の目標をほぼ達成することができたと考える。ただし、本中課題の研究成果の多くが従来の説の再確認に止まっていること、高CO2が窒素代謝にも影響することを示唆する成果を得たにもかかわらず、群落光合成モデルに反映できていないことなどの問題がある。さらに、人工気象室で生育させた個体のデータをもとにしたモデルは自然群落に適用できるのか、この点の検証も必要である。情報発信については多くの論文を公表しており、十分に行われたと考える。今後は、インパクトファクターの高い雑誌での公表をめざしてほしい。