研究代表者氏名及び所属
染谷 信孝((独)農研機構 北海道農業研究センター)
総合評価結果
当初計画通り推進
評価結果概要
(1)全体評価
本課題においては、ジャガイモ病害の生物防除資材を探索するため、ジャガイモ表面に生息する微生物を網羅的に解析し、その中から抗菌物質を産生する拮抗菌の選抜を行うとともに、有用微生物による病害防除効果を安定させることを目的に“特定の細菌が一定密度以上になるとシグナル物質を産生し、他の微生物の増殖を制御する”クオラムセンシング(QS)システムのメカニズムの解明とその利用に関する研究が実施された。
その結果、選抜した細菌の中から、抗菌物質を産生し室内試験でジャガイモ疫病菌の増殖を抑制する細菌を見いだしたが、圃場条件では防除効果を示す菌株を選抜するには至らなかった。また、分離した菌が産生する抗菌物質のフェナジン-1-カルボン酸(PCA)が、アシル化ホモセリンラクトン(AHL)をシグナル分子とするQSシステムを抑制していることを証明した。さらに、AHL合成遺伝子を破壊した菌株は、ジャガイモ疫病用培地においてPCAを産生し、疫病菌の増殖を阻害することを室内試験で明らかにした。これは、本研究の目標であったQSシステムを利用したジャガイモ病害抑制技術の開発に一歩踏み込んだ成果と評価される。ただし、残念ながら、3年間という研究期間内では、この菌を用いた圃場試験の実施までには至らなかった。
(2)中課題別評価
中課題A「ジャガイモ表生細菌の農業有用機能およびその発現制御解析」
((独)農研機構 北海道農業研究センター 染谷 信孝)
本課題では、ジャガイモの病害の生物防除素材の探索として、ジャガイモ表面に生息する微生物を網羅的に解析し、その中から、室内試験で病斑進展阻害を示す菌株を取得したが、圃場試験ではジャガイモ疫病菌の防除効果を確認することはできず、結果的に、疫病および軟腐病に対する生物農薬資材候補となる微生物が選抜できなかった。また、本研究において得られたジャガイモ表生細菌相に関する詳細なデータは、事例報告にとどまるのか、あるいは普遍的に活用できるのか検証がほとんど行われていない。そのため、本研究結果が、有望な微生物農薬候補を見出す、あるいは生物防除資材の効果を安定させるための基礎となるのか否か現時点では不明確である。また、抗菌物質である2, 4-ジアセルフロログシノール(DAPG) 生合成遺伝子を破壊した細菌株では病原菌に対する抗菌活性が大きく低下する等の知見が得られたが、DAPGやPCA等の拮抗菌が産生する抗菌物質の疫病防除に要する濃度等に関するデータが不足しているため、その重要性が不明確である。成果の外部発信については、発表論文数が少なく、今後、研究成果の論文公表に努めることを期待する。
中課題B「ジャガイモ表生細菌のクオラムセンシングシステムが生物防除に及ぼす影響の解析」
(国立大学法人宇都宮大学大学院工学研究科 諸星 知広)
本研究では、「病原性発現に関わるQSのメカニズムの解析」、「QSシグナル分子の分解能を持つ微生物と分解に関わる遺伝子の取得」、および「当該遺伝子を導入した軟腐病菌における病原性の低下の証明」等の当初計画を上回る成果が得られ、かつ、それらは科学的にも新規性のある大変に興味深い研究成果であると判断される。QSという新しい切り口で微生物群集の構造と機能を解析するアプローチによって、十分な成果を得ることに成功した点は高く評価される。今回検討されたAHL分解能を有する細菌については、いずれもが軟腐病の防除につながる微生物農薬としての利用の可能性が示唆された。これらのことから、本研究は全体として、十分な成果を上げたと思われる。論文発表も精力的に行っている。なお、本研究によって見出した現象は、現時点では基礎的知見にとどまっているが、QSが抗菌性物質産生調節にも関与することも議論されており、本研究の成果は、今後の応用展開に貢献するものと期待される。