研究代表者氏名及び所属
小柳 敦史(独立行政法人農研機構 作物研究所)
評価結果概要
本課題は、イネやテオシントの耐湿性に重要な役割を持つ通気組織の形成に関わる遺伝子を単離し、コムギに導入して通気組織形成能を高め、耐湿性向上策を明らかにすることを目的としている。研究全体としては、順調、あるいは少し前倒しで進捗しており、研究計画および終了時の達成目標の大きな変更は必要ない。
マップベースクローニングに備えたテオシント第1染色体の通気組織形成遺伝子の極近傍のマーカーの開発、第1染色体以外のQTLの探索も研究の進捗状況から見て妥当である。
ただし、これまでの研究によって発見された通気組織形成能の候補遺伝子は、いずれもトウモロコシの仲間あるいはイネの遺伝的背景において重要と考えられる遺伝子である。コムギで形質を発現させるに当たっては、オルソログの検索を行って、より有力な候補遺伝子を絞り込んでコムギに導入することが必要である。
通気組織形成は耐湿性において重要な役割を果たすと考えられるものの、どの程度の寄与があるかが明確になっていない。また、一つの通気組織形成遺伝子を導入しただけでは耐湿性に充分な通気組織が形成されるとは限らない。畑作物に恒常的な通気組織が形成された場合、通常の条件での生育に影響が及ぶ可能性も考えられる。通気組織形成機構の解明にとどまらず、耐湿性畑作物を農業現場で利用できる形で実現する基盤となるような研究の展開を期待する。
これまで通り、代表者のしっかりした統括のもとで研究の焦点を明確にして、発展的に展開されるよう期待する。
中課題別評価
中課題A「コムギの通気組織形成能の改良」
(独立行政法人農研機構 作物研究所 小柳 敦史)
研究は、計画をやや先取りする形で進行しており、今後は候補遺伝子を導入した形質転換コムギの表現型観察と、発現遺伝子の解析による評価が重要である。
表現型が明瞭に観察されないこともあり得るので、コムギにおける通気組織形成能の評価システムをさらに進化させることを望む。通気組織形成能が向上した系統が、どの程度耐湿性を向上させているかを明らかにすることは重要である。 恒常的および誘導的通気組織の形成が耐湿性と通常条件での生育に与える影響を評価できる ユニークなシステムの構築を期待する。
より有力な候補遺伝子だけを絞り込むために、コムギにおける遺伝子の解析も強化する必要がある。単一遺伝子の導入により通気組織が形成される可能性もあるが、複数の遺伝子が必要であることも想定される。複数の遺伝子を導入するシステムの開発は、コムギの分子育種にインパクトを与えるものであり、その構築を望む。
中課題B「テオシントの通気組織形成遺伝子の解析」
(独立行政法人農研機構 畜産草地研究所 間野 吉郎)
より高密度なマーカーを作出することにより、QTL領域をより狭め、テオシントの通気組織形成遺伝子のマップベースクローニングが可能となることを期待する。できるだけ速やかに第1染色体上のQTLを特定するとともに、マップベースクローニングに備えた近傍マーカーの開発を積極的に進めて欲しい。マップベースで候補遺伝子を絞り込むにあたっては安定・確実な評価法の確立が重要である。
第1染色体以外の通気組織形成に関わる新たなQTLの探索、マッピングも妥当な取組みである。第1染色体以外の他の耐湿性QTL領域おいてもマッピングの精度を高め、テオシントを用いた有用遺伝子の探索を一層充実させることを期待する。
通気組織の耐湿性向上への寄与の解明においては、テオシントの通気組織形成に関係する情報をさらに充実させるとともに、情報の発信についても積極的に取り組んで欲しい。
中課題C「通気組織形成遺伝子の単離と機能評価」
(東京大学大学院 農学生命科学研究科 中園 幹生)
テオシント由来の恒常的通気組織形成候補遺伝子が機能的であるか否かについての検証は、本中課題の生物系特定産業への寄与の大きさを測る重要な課題である。中課題A、Bとの緊密な連携の下に綿密な解析が進められることを期待する。
また、恒常的な通気組織形成と誘導的通気組織形成のそれぞれに特異的に関わる遺伝子の特定、共通して関わる遺伝子の特定は、通気組織形成機構の分子基盤を構築する上での重要な鍵となる。この点に注目した解析が進められることを期待する。
本中課題では通気組織形成能を研究対象としているが、コムギの耐湿性を改良するためには、ROLバリア形成に関する研究の展開も重要である。通気組織形成メカニズムの基礎的な解明を目指し、他の中課題と密接な連携をとりながら研究を推進することを望む。
イネ変異体を用いた順遺伝子学的解析は、通気組織形成機構の解明に重要な知見を与えるものと期待する。この分野の専門的知見とイネの変異体集団を保有する研究者を研究メンバーとして新たに加えたいとの提案があったが、これにより通気組織形成能に関与する新規遺伝子の獲得が見込まれ、研究計画がさらに加速されることを期待する。