研究代表者氏名及び所属
吉浦 康寿(独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所)
評価結果概要
本研究は、養殖魚の効率的な新品種作出のための基礎的技術シーズの開発を通じて効率的育種の可能性を探るプロジェクトである。養殖魚を対象にして、遺伝子組換えに代わる品種改良技術と植物で開発されたTILLING法の応用を目指すものである。野心的であり、海産魚養殖にブレークスルーをもたらす可能性を秘めた魅力的な試みで、成功すれば魚類を含めた産業動物での初めての事例となる。
トラフグへの変異原性化学物質の処理等の基盤技術はゼロからのスタートであるにもかかわらず、信頼性のある技術の確立に成功している。 さらに、変異導入率の評価に関して、迅速な一塩基変異検出システム(HRM解析)を構築し、今後の見通しをつけた点で極めて高く評価できる。魚類に突然変異を導入するための基盤技術と評価法の確立、モデル実験系としてのメダカの利用は初期の予想よりも順調に進捗したと思われる。
一方で、成果の公表実績はそれほど高いとは思われない。中間評価時点であるということ、特許申請に対する公表の差し控えなど、少ないことも理解できるが、今後、各課題ともに論文の公表に努力されたい。 また、現時点で特許出願を1件行っており、評価されるが、研究終了時に向け、複数の特許取得に関しても十分に配慮しつつ研究を進めていただきたい。
突然変異育種法を利用した養殖魚における新品種作出は海外においても研究例はなく、他国に先駆け競争力を築くチャンスである。本シーズ研究をより発展させ、新品種作出の実現化を期待する。
中課題別評価
中課題A「養殖魚における高頻度突然変異導入技術の確立」
(独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所 岡本 裕之、東京大学 菊池 潔)
注射によるトラフグ精子への突然変異導入法、HRM法による導入変異検出法は、いずれもTILLING法の基盤となる技術であり、これらを確立した点は大いに評価できる。また、鰭形成遺伝子の検索、スクリーニングのチェックに利用できるゲノム領域の検索等、慎重に研究が進められており、科学的にも評価できる。 更に、研究計画が順調に進み、次年度予定を前倒しで進めうる状況であり、極めて高く評価できる。水産分野で初めてとなる変異導入技術の開発として位置づけられる。哺乳類との類似性で有利な点は利用し、魚類の特殊性が生かせるところは、その特性を最大限利用して、研究を進めてもらいたい。
中課題B「養殖魚の高品質化に有効な遺伝子の探索:可食部位の高品質化に関わる形質」
(独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所 吉浦 康寿)
ミオスタチン、レプチン遺伝子の検索、その変異体の作製、いずれも慎重に研究が進められている。 また、その表現型解析も予定通り順調に進んでいる。当初採択された計画書に沿った成果は充分期待できる。ただし、レプチン受容体欠損変異が本当に魚類において高成長に繋がるかどうかは、未だ不明である。
そのような状況において、「トラフグのミオスタチンおよびレプチン受容体の変異探索」を追加したことが、先走りにならないか、やや不安である。本研究を実用化にまで発展させるには、標的遺伝子選択を含め、より慎重な戦略の検討も必要である。
中課題C「養殖魚の高品質化に有効な遺伝子の探索:耐病性に関わる形質」
(広島大学 冲中 泰)
魚類の育種目標として、抗病性形質の獲得は経済的効果が明確である。本課題ではウイルス性神経壊死症の原因ウイルスであるベータノダウイルスをターゲットにしている。 ツーハイブリッド法による結合タンパクのスクリーニング、及び他生物での報告を参考に、ウイルスの増殖に必要な宿主遺伝子4種の同定を行った。 魚類におけるウイルス感染・増殖に関する宿主因子遺伝子の報告例がほとんどないので、その意味での価値は高い。いくつかの有用な結果は得られているが、対象ウイルスの性状解析を含め、必要な追加研究を行って、論文として公表されることが望まれる。
中課題D「遺伝子変異体メダカの作製とその効率化」
(慶應義塾大学 谷口 善仁)
世代交代が早く、遺伝子変異のライブラリーが整備されているメダカを使うことで、中間評価時までに、産業上有用と考えられるミオスタチン、レプチン受容体、ウイルス宿主因子の変異体メダカを作製し、他の中課題に提供するなど、遺伝子変異体メダカの作製は順調に進んでいる。またこれと並行して、変異導入の高効率化、スクリーニング法のハイスループット化にしぼりTILLING法の改良を行っている。前者については極めてオーソドックスな方法であり、また後者に付いては今後技術的発展が大いに期待される方法であり、いずれも科学的に妥当な研究展開である。今後の積極的な情報発信を期待する。