生物系特定産業技術研究支援センター 研究資金業務

イノベーション創出基礎的研究推進事業(終了)

2010年度 中間評価結果

バイオマス生産基盤としての植物CO2応答機構の解明

研究代表者氏名及び所属

射場 厚(九州大学大学院 理学研究院)

評価結果概要

「高CO2適応型の植物生産」というキーワードが各中課題にあげられており、これが全体としての共通の目標であろうと理解される。
本研究で取り組む、遺伝子から植物群落に及ぶ各空間スケールでのCO2応答メカニズムの解明は、科学的に興味深く、また、高CO2濃度環境への適応を考える上で有用でもあるが、それだけで本研究の目標に到達できるわけではない。

共通の目的を達成するためには、目的達成に向けた研究の取り組みが必要であるが、数多くあるCO2応答に関与するメカニズムのうち、どれとどれをどう組み合わせれば、大きな目標である高CO2適応型植物を見出せるのか、個別の研究課題よりも、もう一つ高いメタレベルでの思考を求めたい。

各中課題レベルでは成果が得られていると認められるものの、各課題を組み合わせて研究全体として何をめざすのか、その「何」は過去の知見に照らしてなぜ有意義なのか、チームメンバー全体が共有しているかどうか明確ではないため、課題全体としては、目標とするところに対する達成度は現段階では高いとはいえない。
前半の研究は、個別課題で科学的に価値の高い成果を出すことに重点が置かれ、課題間の連携によるチーム全体としての成果が出なくてもある程度許されたとしても、後半はこれだけでは不十分であり、今後は、研究課題全体の出口となる研究が適切に実施されるよう、研究代表者の指導性の下で、目標達成に向けて中課題間の連携をより一層強化した研究の展開が必要である。

中課題別評価

中課題A「植物のCO2応答にともなう情報伝達および恒常性制御の分子遺伝学的解析」

(九州大学大学院 理学研究院 射場 厚)

気孔の開閉メカニズムの解明自体は大変興味深いテーマであり、研究成果を個別に見ると、本中課題は基礎的研究としてはそれなりの成果が挙げられ、成果の公表も行われてきたと評価できる。
これら研究成果は、CO2による気孔開度制御のみならず、植物生理学全般に対しても大きなインパクトを与える発見となると期待される。

しかしながら、高CO2濃度への植物の応答が主に気孔の閉鎖で制約されているとは一般に考えられていないことから、新たな発見を高CO2濃度環境によりよく適応した植物の開発にどうつなげるのか、全体計画の中でも説得力ある説明がされているとは言えない。
これまでの、また、今後の本中課題の研究が、バイオマス生産基盤にどのような関わりを有するのか、最終的な研究目標を達成するための道筋を明確することが必要である。また、基礎研究としてもう少し論文数が求められるところである。

 

中課題B「メタボローム解析による高CO2適合性農林作物における新規代謝変動の同定」

(埼玉大学 環境科学研究センター 内宮 博文)

光合成の電子伝達に関与するNAD kinaseの解析をシロイヌナズナとイネを用いて進め、高CO2適合型農林作物における新規代謝変動の解明に大きく貢献した。また、これらの研究成果を着実に国際誌に公表したことは評価される。

さらに、イネ品種間におけるNPQについてのQTL解析を進め、原因となる遺伝子の座乗領域の特定にも成功し、今後の解析が期待される。

なお、当初の研究計画には記載されていなかったが、有害雑草であるエゾノギシギシにおけるCO2応答の解析を進め、高CO2に条件での劇的な生育促進効果を発見し、さらに、二酸化炭素・栄養素と植物代謝物との関連性を見出した。この知見は興味深く、高CO2によく適応した植物の一つのモデルに育つ可能性もある。ただし、本中課題は、基礎的な研究としては成果が挙げてきたと評価するものの、他中課題との連携に関しては、全体の目標達成のための研究となっているかという視点から見ると、プロジェクト研究の中での役割分担の認識が不足していると判断される。

 

中課題C「高CO2適合性森林育成システムの開発とリスク評価」

(独立行政法人 森林総合研究所 北海道支所 宇津木 玄)

高CO2適合型混交林の設計に向け、遷移段階に分けた樹木種の高CO2条件の栽培実験において光合成パラメーターの計測を行い、一次遷移初期出現樹種(ハンノキ属)では、湿潤・高CO2条件で生産量が増大する可能性を見出した。

一方、樹種によっては、バイオマス生産がマイナスとなる結果を得た。これらは、森林群落レベルにおける高CO2条件での生産性についての重要な知見である。
また、中課題Aとの連携によるハイパースペクトルカメラを用いた高CO2応答解析の条件検討を進め、植物の葉を凍結乾燥することにより糖類の吸光特性に差が見られることを見出した。これは、今後のハイスループットな定量への糸口となると期待される。

このように、本中課題は、当初は若干の遅れが見られたものの、その後、多くの成果を挙げてきた。なお、本中課題は、他の中課題で解明された、分子から生化学レベルでの高CO2応答メカニズムの基礎的な研究の成果を活かすとともに、研究課題全体の目標とする「高CO2濃度環境によりよく適応した植物」の研究が適切に実施されるように、研究代表者の指導のもとで、森林モデル構築に必要となる研究の実施について他中課題との連携をより一層強化していく必要がある。