生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2000年度 事後評価結果

哺乳動物の高度に発達した薬物代謝機能を利用した環境負荷物質の代謝・分解技術の開発

(神戸大学農学部 大川 秀郎)    

評価結果概要

全体評価

本研究は、哺乳動物の高度に発達した薬物代謝酵素系を、その能力が未開発な植物に付与・発現して、環境負荷化学物質を代謝・分解する能力を高めた植物を作出し、それらの遺伝形質の安定発現や環境安全性を評価して、農業環境の浄化及び作物における農薬残留の低減に役立てるという目的のもとに行われた。
本研究の成果は、応用への基盤研究としてみるか、基礎研究としての学術的側面を重視するかという視点の違いにより、評価が分かれる。
本プロジェクトのようなアイデアでの研究は、現在まであまり行われていなかった。研究の主目的が除草剤耐性植物の作出にあるとすれば、目標を達成したとは言い難いが、実用上の基盤研究としてみるかぎり、高等植物の異物代謝機能の基礎研究として一定の評価を与えて良い。しかし、P450遺伝子機能の研究としては、その学術的なレベルが高いとはいえず、方法論を含め、独創性においては、あまり見るべきものがない。既存の技術によって組換植物を作出し、それについて薬物試験を行う研究なら、CYP遺伝子と薬物の組み合わせはいくらでも可能になってくる。
遺伝子の作用機作の解明がなされていないため、成果が、学術的に見て底の浅いものとなっている。また、作出植物を圃場に持ち出すためには、多くの問題の解決を迫られることになるとみられ、実用化までの距離はかなりある。
研究成果の公表については、論文数や学会発表は数の上では一応の水準に達しているが、もっとインパクトファクターの高い国際誌に出すべきである。2件の特許申請については評価できる

中課題別評価

(1)哺乳動物の薬物代謝酵素系を利用した環境負荷物質の代謝・分解に関する研究
(神戸大学農学部 大川 秀郎)    

哺乳動物のP450分子種のうち、除草剤の代謝・分解に係わる主要7分子種を特定し、それらを導入発現させた形質転換体タバコ、イネ、バレイショなどを作出し、除草剤や環境ホルモンの代謝・耐性の性能を評価した(特許出願)ほか、酵素機能の向上を目的に、P450と各種電子伝達系酵素との融合酵素の作成を試み、P450系と光合成電子伝達系とのカップリングの可能性を明らかにした。またタバコ、シロイヌナズナ、イネなどの高等植物から、新規異物代謝型P450遺伝子を取得するとともに、2,4-D誘導型のプロモーターを用いて、環境化学物質により蛍光タンパクGFPを発現するモニタリング植物や、薬物代謝酵素を発現する環境負荷物質代謝・分解用植物を作出した(特許出願)。
これらの成果は、将来の応用に向かった基盤的研究成果としては、それなりに高く評価できるし、植物由来のP450遺伝子を取得したことは単に応用的見地からばかりでなく、基礎植物科学の成果として評価できるが、現象として現れた機能について、何故かというメカニズムの解明に向けた部分の研究が欠落している点で、学術的な深みに欠けることは否めない。根本的な技術開発につなげるためにも、P450による薬物代謝のメカニズムについての深く掘り下げた解析を展開する必要があるのではないか。本研究において得られている成果は、いかに応用に重点を置いたとはいえあまりにも表面的との批判があろう。
論文発表数は多いが、インパクトファクター2以上の論文としては、BBA(2.47)3編、BBRC(2.78)2編の計5編しかなく、5年間の成果としてはおおいに問題である。

(2)植物への薬物代謝遺伝子の導入と評価
(農林水産省農業生物資源研究所 大川 安信)    

選定したP450分子種を発現した各種形質転換バレイショを用いて、評価を行い、必要時に、必要な部位で機能発現するものや、3分子種を同時発現して広汎な除草剤に交叉耐性を示すものを作出した。また、イネについては、顕著な除草剤耐性を示す形質転換体を得、非閉鎖系温室における安全性評価試験の段階に到達した。
これらの成果は、実用植物の作出という目標からはまだ距離があるが、一応一般作物での安定発現は達成しており、その点は評価できる。
バレイショやイネへのP450遺伝子導入した形質転換体について、種々の薬物耐性試験を実施しているが、ドナー植物が異なるくらいで本質的には中課題(1)と違わない。もっと違った解析法などが用いられた研究を展開すべきでなかったか。
また、実用化する時点で起こる様々な問題についての考察がほとんど行われていないのは残念である。真の評価をするためには、形質転換植物を用いた実験を、もう少し実際栽培に近い条件で実施することが望まれたが、種々の制約から、隔離圃場の試験まで進められなかったことは惜しまれる。
発表論文数が極めて少ないが、研究成果を積極的に論文として発表することが望まれる。