生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2001年度 事後評価結果

環境微生物の難分解性芳香族化合物分解能の多様性に関する分子生物学・分子生態学的研究

(長岡技術科学大学工学部 福田 雅夫)    

評価結果概要

全体評価

この分野は、昨今の地球規模の環境問題や先進諸国の高度経済成長のもたらす問題との関連で加速度的に重要性を増しつつあり、研究展開も極めて速く世界のトップを進むことは容易ではないと想像される。そうした中で進められた本課題の成果を見ると、対象微生物と遺伝子が多岐にわたり、微生物群、化合物代謝(分解)酵素系、関与酵素遺伝子のそれぞれの分類、特性、機能、構造、発現機構などについての基礎的な多くの知見が集積されたところに意義を認めることができる。しかし、解決のアプローチは従来の技術を塩素系置換芳香族化合物の分解菌に応用したに過ぎない。この意味で得られた研究成果は新規性に乏しい。このため研究成果の内容に新鮮味に欠ける印象を持たざるを得ない。代謝分解系酵素の改良や代謝系遺伝子群の異種微生物への導入による複数代謝系の複合によるスーパー分解微生物の構築などの夢多い目標については残念ながら未完に終わったが、それに向けての確かな一歩は踏み出したといえるであろう。これまでの基礎的知見の集積の上にたって、今後、難分解性芳香族化合物の生物的分解にはどのような戦略が妥当であるかという点についての展望が明確ではないのは大変残念である。いずれの研究グループも実用化への視点が欠けている。実用化を妨げている基本的問題はなにか、これを克服する手段は何か、より積極的に考え、応用面で今後の発展を期待したい。

中課題別評価

(1)多環芳香族化合物分解系酵素の構造と多様性の解明と機能解析
(長岡技術科学大学工学部 福田 雅夫)    

多環芳香族化合物の分解酵素を対象とし、PCBに対する強力な分解能力をもつ微生物、Rhodococcus sp. RHA1株のPCB代謝酵素系遺伝子群について、構造と機能の解析がなされ多くの基礎的研究成果をあげており、当初の目標はおおむね達成することができた。特に多くの基礎的な知見の蓄積と、いくつかの重要なブレークスルーがなされたことは、今後の研究展開に大きく貢献すると思われる。今後の応用的な発展が期待される。しかし、本プロジェクトの目標とした代謝系の構築が中途半端となったのは残念である。総括研究代表者が担当するこの本中課題においても、この5年間の成果を踏まえた、この分野の研究の今後の展開への戦略、とくに環境修復技術(バイオレメディエーション)の開発・確立にかかわる部分の具体的戦略の提言がなさ]れていないのは寂しい。

(2)単環芳香族化合物分解系の多様性と分解機構に関する研究
((独)農業環境技術研究所 宮下清貴/小川直人)    

単環芳香族化合物分解系の機構解明が主題であり、もっぱら基礎データの蓄積に専念したといえる。クロロ安息香酸ジオキシゲナーゼの構造と機能、クロロ安息香酸分解産物クロロカテコールの開裂酵素の特性が解析された。クロロ安息香酸分解系に関しての成果は基礎的な成果を上げたことでそれなりに評価されるものであり、当初目標の力点が構造・機能の解析にあることから、それぞれの成果が今後の展開に意義あるものということができよう。しかし、既に理解されているジオキシゲナーゼおよびその遺伝子に新規な知見を加えるものでない。クロロ安息香酸分解菌の分解能を強化する目的でなされた別の分解酵素遺伝子の導入については、構築された組換え微生物の発育不良により予想を裏切る結果を得ているが、はからずもこの問題は単一微生物種への複数分解系遺伝子群の集積についての問題点を提起したといえる。こうした成果に基づいて分解系の改良、分解能の向上に具体的に取り組むべき方向性についての提案がほしかった。

(3)土壌生態系における農薬分解エステラーゼ生産菌およびエステラーゼ遺伝子の多様性と農薬分解機構に関する分子生態学的研究
(静岡大学農学部 早津 雅仁)    

殺虫剤の分解酵素としてのエステラーゼ群についての研究である。主要な成果には、いくつかのカーバメイト分解菌からのカーバメイトエステラーゼ遺伝子ならびに有機リン系殺虫剤分解菌からの有機リンエステラーゼ遺伝子をクローニング・解析したこと、いくつかの農薬分解エステラーゼ産生菌についての分類・同定、PCB分解菌(Rhodococcus sp. RHA1)の土壌中での個体群動態調査などがある。農薬分解エステラーゼ生産菌についていくつかの基礎的実験結果を得ており、当初目標にほぼ沿ったかたちで研究が展開されたといえる。自然環境中での分布調査や培養菌の環境中への導入後の消長調査は初歩的で特筆すべき成果がない。カルバリル完全分解菌の構築はできなかったが、複数微生物の混合培養やその無細胞抽出液の混合によってカルバリルの完全分解が実験的に成功したことは注目される。エステラーゼ群の有効利用の具体的道筋についてのヒントが見えてこないことと、印象的な成果が少ないことが惜しまれる。