生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2002年度 事後評価結果

高機能性脂質食品素材の開発に関する基盤的研究

(京都大学大学院農学研究科 松野 隆一)

評価結果概要

全体評価

  本研究で取り組んだ研究課題は、脂質と他の食品のハイブリッドを調製して、今までにない機能性を有した食品素材を開発しようというもので、今まであまり研究がなされなかった部分であり、その点を課題として取り上げた着眼は優れている。食品は、多くの場合、多成分からなっており、従来、脂質の酸化安定性も、ほとんど精製された状態で評価されてきたので、本研究の成果は、脂質の酸化挙動の解析においても学術的な意義は深い。本研究で明らかにされた複合系における脂質酸化安定性に与える食品成分の影響についての基礎的な知見は、今回検討された物質以外にも、今後、酸化安定性に優れた系を開発をする上での情報としての価値は極めて大きい。
しかし、食品を背景にした研究プロジェクトとして、実際の食品素材の開発という視点から見ると、本研究によりすぐに役立つ技術が開発されたかという点で疑問がのこる。
例えば、トリグリセリド(トリアシルグリセロール)ではなく、終始遊離脂肪酸や脂肪酸エステルが軸となった研究が展開された。中間評価での指摘後もこの点が大きく変わらなかったことは極めて残念である。
また、抗酸化物質をアシル化して新しい物性をもつ抗酸化物質を開発する試みが行われているが、評価系での添加量はかなり高いレベルであり、アシル化前より著しく効果が強まったとは言えないように思われる。抗酸化効果は、酸化評価系によって大きく効果が異なることが知られているので、きめの細かい評価が望まれる。さらに、酸化安定性の評価において、実際の食品のshelf lifeを決める要素、即ち"酸化フレーバー"が全く評価系に組み入れられていなかった点も惜しまれる。
全体として、一部独立したテーマも残った感があるが、抗酸化と脂質(乳化)という部分でうまく連携がとれ、学術的には優れた成果があがった。しかし、一部を除いて、必ずしもすぐに実用化する技術には結びつきにくいように思われる。研究の計画、設定、あるいは中間評価においても、関連分野の民間の技術開発に携わっている研究者の参画があればよかったかもしれない。

中課題別評価

(1)「熱力学的障壁を克服した機能性食品素材物質の酵素合成」
(岡山大学工学部 中西 一弘)

   いろいろな食品成分を、酵素的にアシル化する方法を開発することを試みて、かなりなものをアシル化することに成功しており、幾つか興味深い素材、特に抗酸化機能に優れた乳化剤を作製することに成功したものの、画期的なものは得られなかった。
むしろ、種々の酵素類を開発利用したところに今後の発展が期待される。したがって、新しいアシル化酵素の開発や、種々のアシルグリセロールなどのリピド合成に関与する酵素類の開発に期待をもたせる結果となった。
本グループでは、アシル化物にどのような機能を求めるかというより、まず、アシル化の方法を開発しようということが先行したのではと推定される。したがって、アシル化の方法の開発には酵素の発見も加わって、学術的な意義は十分あると思われるが、できたものがどのように食品素材として利用できるかと考えると、残された課題は多い。
タンパク質のアシル化による低アレルゲン化や、新しい乳化特性の獲得などは魅力ある課題だが、今回はそのような評価は行われていない。アシル化バニリルアミドについても、抗酸化性はすでに知られており、より辛味が少なく、カテコールアミンの分泌を促進するなどの機能が評価でるとよかった。短時間でいろいろな機能性を評価するには、研究室の枠を超えたネットワークが必要だったかもしれない。

(2)「新たな脂質粉末化技術の開発と高機能性食品への適用」
(京都大学大学院農学研究科 松野 隆一)

   脂質の粉末化と抗酸化性というテーマは、食品分野にとって重要なテーマの1つであり、粉末化したエマルションでの酸化制御についての理論的なアプローチは興味深い。特に、粉末系での脂質の酸化挙動が動力学的に考察できたことは、最も大きな成果だと思われる。今後、トリオレインやトリリノレンなどのトリグリセリドを軸にした研究が、さらに加えられれば実用面での価値は高まるであろう。
この知見は、今後粉末状態で安定化を図る必要がある食品、例えば乳児用調製粉乳の開発に役立つものと思われる。 粉乳には、酸化を促進する金属類も添加されており、こうした一段と複雑な系への応用が期待される。
吸収性の優れたO/W系エマルション、W/O/W系エマルションについては、一定の成果があがっているが、評価系が生体とは大きく異なったモデル系であり、実際に使用できる技術となるかどうかは未知数である。他の研究室との共同研究などの推進が期待される。

(3)「エマルション系、濃厚系、極低水分系における相互作用の解析と応用」
(京都大学大学院農学研究科 森 友彦)

  高分子化合物と脂質との相互作用は、食品分野においては新規性に富む課題である。本研究により、乳化系において、脂質を安定化するために、包括材に要求される性質がかなり明確化され、今後、酸化安定性に優れた乳化物を調製するための基盤的な研究としての意義は大きいといえる。それだけに、多糖類やタンパク質と乳化剤の系に加えるのは、脂肪酸エステルではなく、トリグリセリドであることが望ましかった。実用化を目指す限り、モデル系を早く卒業することが望まれる。
多くの食品は、タンパク質、多糖類、脂質を主成分とする複合系であれ、本研究の知見は単に乳化物だけでなく、広い食品に応用可能と思われる。ただ、この場合でも酸化安定性の評価にフレーバーが含まれなかったのは残念である。なぜなら、劣化臭の主要成分は、低分子アルデヒドであり、これはタンパク質やアミノ酸などと複合体を形成するので、実際の食品のオフフレーバーは、酸化の進行より低分子成分の気相への拡散の程度によって決まる場合があるからである。