生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2002年度 事後評価結果

作物耐暑性の生理・遺伝学的解明と耐性作物の開発

((独)国際農林水産業研究センター 江川 宜伸)

評価結果概要

全体評価

  本研究は,耐暑性という捉えにくい現象に対して,いくつかの観点から,取り組んだものであるが,研究期間5年間で十分な解明は無理があると思われる。研究期間中に,どの程度の重要な知見や,実験材料を提供しえたかが,本研究評価の基本である。その点,ヒートショックプロテイン(HSP)やペルオキソーム結合型活性酸素消去系酵素(APX)の有効性を明らかにしたことやアズキを使ってのQTL解析などいくつかの重要と思われる成果を得た。また,アセチルコリンエステラーゼ(AChE)の導入植物も作られつつあり,今後の情報が期待される。本プロジェクトは,今後の育種課題にいくつかの重要な知見と材料をもたらしたと判断する。具体的には,本課題は,分子育種学的アプローチにより栽培植物の耐暑性向上を目標としている。そのため耐暑性遺伝子の探索とその効力検定および有用栽培植物での遺伝子発現系の確立が重要目標であった。前者は,HSP, APXなどの遺伝子について,タバコ,イネなどの形質転換系を用いてそれらの効力の調査は進んだが,AChEでは傍証のレベルに留まった。後者は,アズキにおいて遺伝子の導入系そのものは確立したが,候補遺伝子を用いた効力の検証には到らなかった。遺伝子操作によって品種改良することを目標とするならば,発足時に対象とする植物種での遺伝子導入系が確立していることが前提である。その点において計画性に甘さがあった。今後の研究の継続によって具現化させるためには,単に遺伝子を植物に導入して過剰発現させれば良いという発想ではなく,植物の生育ステージやストレスを受けている状態に合わせた発現制御システムの構築,高温と乾燥,塩ストレスなどの複合的なストレス耐性へのストラテジーが求められる。今後,基本テーマである「耐暑性」という概念と基準が,曖昧であった点を良く整理し,得られた成果を基にそれぞれの研究グループが,さらに研究を継続し,今回の基礎研究推進事業の成果を活用してほしい。

中課題別評価

(1)「作物の生殖成長期における耐暑性の生理学的および遺伝学的解明」
((独)国際農林水産業研究センター 江川 宜伸)

   生殖成長期における高温障害発生機構など耐暑性に関する生理学的研究と地域特産の有用作物栽培の分子育種的開発研究がこの課題の柱である。本課題の最大の成果は,アズキへの遺伝子導入系を確立させ,HSP遺伝子の導入によって耐暑性を向上させたことである。生理的な解析については,現象面での解析に留まったのは残念である。さらに,高温障害は光強度の関係もあると思われるが,この点の配慮があまりなされなかった。しかし,研究発足当時の,ストレス耐性についての研究状況,研究基盤を考えると,やむを得なかった面もあろう。Mt-sHSPについては,興味深い知見が得られた。さらに,他の多くのsHSPについて,系統的に展開できれば,もっと有効な知見が得られたのではないか。また,実験材料としての遺伝的背景の同じ感受性と耐暑性のアズキの作出は重要な課題である。こうした時間のかかる地道な作業が,結局いずれかの時点で極めて重要であることが理解さるはずで,それが農学の原点であると言えよう。

(2)「耐暑性に関与する遺伝子の夏作物への導入とその組換え体の解析」
(名古屋大学大学院生命農学研究科 高倍 鉄子)

   本課題担当者の長年の研究課題であるストレス耐性植物作出の一貫として,本研究が位置づけられているように思う。その意味である程度期待された成果がえられている。しかし,耐暑性という課題に,どう取り組むかという意味での戦略が十分ではなかった。高温ストレスは,低温,塩,乾燥など種々のストレスと当然どこかで関連するとは思われるが,最初から,問題点を一つづつ整理した研究を展開したほうが,結局早道であるように思う。得られた研究成果は,新規性の点では画期的なものではないが,有用栽培植物であるイネにおいて,耐暑性に関するいくつかの確実な情報を得たことは評価できる。5年間という長くはない期間に一定の結果を出すことができたと思う。

(3)「アセチルコリンエステラーゼの機能解析とその遺伝子導入による作物耐暑性の向上」
  (東京農業大学生物産業学部 桃木 芳枝)

   AChEが高温耐性に関与するという本分担研究者の知見を背景に,酵素の精製,高温耐性と感受性の品種を用いてのAChE活性の比較など多彩な研究を行ったその努力は認められる。AChE遺伝子が高温耐性植物の作出に有用であるかどうかは,形質転換植物を用いて検証されなければならない。新しい試みであるので期待感はあったが,その検証のアプローチは適切であったとはいえない。AChEに関してのアズキ,インゲンマメなどの品種間の組織化学的比較などの努力は評価されるべきである。しかし,タバコやアズキにおいて,酵素遺伝子の単なる過剰発現によって高温耐性の向上を目指す前に,その遺伝子の最大効力を推定する実験が必要であったのではないかと思われる。今後,得られたタンパク質の酵素活性,それらを導入した植物体がどんな性質を示すか期待したい。