生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2002年度 事後評価結果

受精可能な家畜卵子の大量生産技術の開発

(東北大学大学院農学研究科 佐藤 英明)

評価結果概要

全体評価

家畜のメスは多くの卵子をもつが、大多数は死滅し、現在の技術では、きわめて少数の受精可能卵子しか得ることができない。本研究では、家畜卵子の大量生産技術の開発という意欲的な課題に取り組み、卵胞発育における血管新生の分子機構の解析を行い、その成績にもとづいてラット、次いでブタにおいて救助した卵胞からの新生子の誕生に成功した。ラットにおける基礎的研究は、生殖生物学の分野にいくつかの興味ある知見をもたらしたが、さらにその成果をブタへ応用することにより、実用化の可能性を示したものとみなせる。
また、発育途上の超未成熟卵子の発育と成熟機構の検討成績に基づいて体外培養法の開発を行い、それを応用してウシの超未成熟卵子から移植可能胚を作出して仮親へ移植し、受胎確認に成功した。この成果は体細胞クローン動物の作出にあたって、同じ個体からの卵子をレシピエントとして用いることにより、現在の体細胞クローン動物におけるミトコンドリア・キメラの問題解決に繋げることができる。体外培養法に加えて、ウシの超未成熟卵子の凍結保存法の開発も行ったが、凍結保存法及び体外培養法の検討結果はいづれも、実用化の可能性を示しているものの、効率が低いために、さらに多くの解決すべき問題があると思われる。
本研究は卵子の成熟機構にかかわる生殖生物学の基礎的知見を見出し、一方で生殖工学としての新しい方向を示した点で、きわめて独創性に富む成果をあげたものと高く評価できるが、未だブタとウシという異なる動物種での成果を統一的に理解し応用する段階には至っていない。研究成果については多数の論文発表および特許出願がなされている。さらに、シンポジウムおよび数多くのセミナーを精力的に開催し、その要旨を出版するなど、成果の公開にも積極的であり、高く評価出来る。

中課題別評価

(1)「卵子の死滅予防法と新しい排卵誘発法の開発」
   (東北大学大学院農学研究科 佐藤 英明)

ラットにおいて、甲状腺ホルモンが卵巣の血管新生を促進し、卵子を死から救助し、卵胞発育を促進することを明らかにした。甲状腺ホルモンが卵巣の血管内皮細胞増殖因子、特にVEGFの発現を促進することを明らかにし、さらにTAP発現ベクターに組み込んだVEGF遺伝子を注射する事によって、卵胞発育促進・閉鎖抑制に成功した。このようにして救助した卵子に由来する新生子の誕生に成功した。同様に、ブタにおいても、卵巣皮質にブタVEGF遺伝子を直接注射し、救助した卵子由来の新生子誕生に成功した。哺乳動物の卵成熟誘起メカニズムを明らかにした研究成果は、長年研究がなされて来たが明らかにならなかった分野に光明をもたらす素晴らしい学術上の成果であると高く評価出来る。また、VEGF遺伝子ベクターの開発はユニークであり、かつ、そのラットへの注射により胞状卵胞数を増大させ、さらに、ブタの卵巣への注射によっても同様の効果を確認していることも高く評価できる。今後、その実用化を目指したプラスミドベクターを用いた方法の開発を期待したい。

(2)「超未熟卵子の凍結保存法と体外培養胚の作出法の開発」
   (株式会社機能性ペプチド研究所 星 宏良)

  家畜卵巣内の10万個を超える多数の発育卵子(超未成熟卵子)を含む前胞状卵胞を長期保存、遠距離輸送するために、従来の緩慢冷却保存法に代わるガラス化急速冷却凍結保存法の開発に成功した。更に、ウシ初期前胞状卵胞を間質系細胞と共培養することにより長期間性状形態を維持したまま体外培養が可能となるメカニズムについて、接着因子が関与する可能性を明らかにし、また中期前胞状卵胞の卵胞及び卵子成長因子としてのインスリン様成長因子とゴナドトロピンの役割を明らかにした。更に、ウシ超未成熟卵子を体外発育培養により成長させ、その後の体外成熟培養、体外受精、体外胚培養を行い、胚を作成し、仮腹牛に移植し、受胎確認に成功した。現在妊娠中の牛が分娩すれば、画期的なことであり、体外受精・クローン・形質転換家畜生産技術が進展することは確実である。世界中で多数の研究者がしのぎを削っている未発達卵子の体外発育・成熟・受精の分野で、5年間という短期間にもかかわらず大きな成果を上げられたことは、高く評価できる。