生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2002年度 事後評価結果

病原性低下因子利用による果樹類紋羽病の遺伝子治療

((独)農業環境技術研究所 松本 直幸)

評価結果概要

全体評価

この研究は遺伝子治療をうたっているが、実質は寄生性ウイルスによる生物防除法である。dsRNAを用いた生物防除法の開発は興味あるテーマである。本研究の結果、病原性低下因子をもつ紫・白紋羽病菌を分離し、紫紋羽病菌でベクターモノカリオンシステムにより病原性低下因子とされるdsRNAがMCGの異なる菌株間に導入できることを見いだした。また、白紋羽病菌では弱病原性の菌株に存在するdsRNAが病原性低下因子であることを証明した。しかし、dsRNAの導入法には問題が多く残されている。また、治療実験が一切なされておらず、研究課題である「病原性低下因子を利用した遺伝子治療」からはほど遠い。分子学的研究では、ウイルスの同定がなされているが、病原性低下因子のプロセスにdsRNAがどのようにかかわるのかを検討することが必要であった。ユニバーサルイノキュラムの開発に至らなかったのは残念である。本研究によりこれまで明らかでなかった紋羽病菌の生物学的知見が多く集積できたのは評価できる。

中課題別評価

(1)「病原性低下因子の探索と評価」
((独)農業環境技術研究所 松本 直幸)

現在問題となっている紋羽病について、これほど多くの菌株を収集し、その不和合性や菌群の分化についてみた例はない。紫・白紋羽病菌の菌群や個体群構造等の生物学的基礎知見を明らかにしたことは大きな意味をもつ。フィールド調査のデータが非常に多いことは評価される。有性生殖後の胞子にdsRNAが移行しないという発見は興味深い。病原性低下因子に関連するdsRNAを用いて、紋羽病の遺伝子治療実験を行っていないため、本課題の目的は達成されていない。病原性低下因子が菌の分化にとってどのような役割を果たしているか、dsRNAと病原力低下発現のかかわりなど、基礎的にも応用的にも興味ある課題が残されている。特許登録1件と13報の論文を発表したことは評価できる。

(2)「病原性低下因子導入技術の開発と導入菌株の作出」
((独)農業技術研究機構 果樹研究所 吉田 幸二)

ウイルスないしはdsRNAを用いた生物ないし遺伝子治療を樹木について検討したものとして興味深い。紫紋羽病菌において、菌株間の組み合わせに関係なく病原性低下因子に関連するdsRNAを移行しうるベクターモノカリオンシステムを見いだした。この発見は、応用の可能性につながる意味がある。病原性低下に明らかに関連している異種菌由来のdsRNAを積極的に利用して、生物防除因子として応用する技術に道を開いた。dsRNAの導入技術は他の菌群等についても可能性があると思われるので、基礎技術としても重要である。W370dsRNAは白紋羽病菌の生育を遅延させる効果があるが、菌糸から容易に脱落するので、実用的な意味が限定される。国際誌への発表論文が少ないことは惜しまれる。

(3)「病原性低下因子の分子学的機能解明」
((独)農業技術研究機構 果樹研究所 大津 善弘)

病原性が低下した数種の紋羽病菌からdsRNAの塩基配列決定により、Potyvirus, Rotavirus, Partivirus, Totivirus, Mitovirus等各種の菌類ウイルスの存在を明らかにしたことは評価される。菌類ウイルス学としても興味があり、このウイルスがかなり普遍的なものであるだけに、ウイルスから生物の系統やその変異を見る上で興味深い。しかし、dsRNAの遺伝子構造と病原性低下因子の分子学的機能に関してはほとんど解明されていない。ウイルスの導入によって、菌糸もしくは菌叢の形態が大きく変異しているので、その関係を検討するのもよいかもしれない。国際誌への発表が少ないことが惜しまれる。

(4)「ユニバーサルイノキュラムの開発」
(広島県立大学生物資源学部 森永 力)

紫紋羽病菌と白紋羽病菌の核相、染色体数および生活環をそれぞれ明らかにしたことは評価出来る。特に紫紋羽病菌の核相が復相であるという知見は学術的に意義が高い。紫紋羽病菌ではハプロイド株あるいはモノカリオン株が野生株と完全融合できる場合があり,病原性低下因子であるdsRNAがMCGを越えて移行する可能性を示したが、ユニバーサルイノキュラム株として実用化出来る普遍的融合能を持たなかったことは惜しまれる。紫紋羽病菌の菌糸融合の実験から、細胞死が起きるかどうかとdsRNAが移行するかどうかは無関係であり、菌糸接触後に菌糸融合が起こるかどうかがdsRNAの移行に大きく影響すると考察しているが、紋羽病菌が特例かどうか詳細に調べる必要がある。