生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2002年度 事後評価結果

ナノFISH法の開発

((独)食品総合研究所 大谷 敏郎)

評価結果概要

全体評価

   本研究は、これまで光学顕微鏡によって測定されてきたFISH法(蛍光in situ ハイブリダイゼーション)の分解能をその光学限界を超えるナノレベルまで高め、DNA上の機能発現に関与する領域を高感度かつ直接的に計 測できる新しい方法(ナノFISH法)を開発することを目的とし、DNA上に蛍光色素で標識を付けること、DNAを基盤上に伸長・固定すること、さらにそれを光プローブ顕微鏡(走査型近接場光学顕微鏡)によって検出(計測)するシステムを、総合的に開発することを目指して行われた。
   研究の結果、下記の各中課題に示すように、分野の異なる3つの研究チームが各々の課題目標に沿った成果を挙げ、それらの成果の総合化により、DNA全体の形状像と蛍光象の同時観察やDNA上の特定部位での複数遺伝子の相互距離、配列順序等を高い分解能で同時観察てきるほか、1本鎖DNAと2本鎖DNAを明確に区分することも可能にするなど優れた計測システムの開発に成功した。
本研究は、生物学分野と工学分野の2つの分野にまたがる境界領域的な難しい研究であったが、研究チーム間の緊密な連携協力により、総合的に上記のような成果を挙げ、研究目標をほぼ達成したことは高く評価できる。
   しかしながら、研究で得られた成果を、今後の実用化技術や最先端の研究技術としてより有効に利用していくためには、さらに精度、迅速性、簡便性等の面で改良・改善が必要と考えられるので、引き続きそれらの取り組みを期待したい。

中課題別評価

(1)「ナノ領域の蛍光標識法の開発」
   (日本原子力研究所高崎研究所 田中 淳)

   本中課題では、従来法の限界であった1kbを下回る塩基配列のマッピング、オーダリングを迅速に可能とするようなFISH法の精度向上を目的とし、分光特性がわずかに異なる蛍光色素の組み合わせを検討して、DNA鎖上のナノ領域の標識法の開発を目指して研究が行われた。
   研究の結果、λDNAを用いた標準実験系の構築、PNAプローブによるDNA上の15pb領域の標識の成功、異なった蛍光色素による3色同時観察の成功、Cy3に代わるAlexa532蛍光プローブの開発など多くの成果を挙げており、全体のシステムの高度化に寄与した点は評価できる。
 今後は、蛍光プローブの安定化、高感度化をさらに向上させるため、それらの方策について検討していくことが望ましい。

(2)「試料の固定と光プローブ顕微鏡による蛍光ラベルの高感度検出」
   ((独)食品総合研究所 大谷 敏郎)

   本中課題では、主として、DNAの塩基配列のマッピングを容易かつ高精度で行うことができるようにするための「DNAを基板上に伸ばして固定する」技術の開発を目指して行われた。
   研究の結果、基板をポリマーでスピンコートし、DNA溶液を吸い上げ法や液滴制御法で直線上に伸長・固定する方法あるいはマイカー基板を分 子レベルで平滑に保ったまま疎水化し、DNA溶液を吸い上げ法で伸長・ 固定する方法など、DNAを確実に直線上に伸長・固定するための基板表 面の改質法と伸長法の開発に成功した。これらの成果により、ナノFISH法に適したDNAの伸長・固定法をほぼ完成させたと見られ、評価できる。
   今後は、ナノFISH法の実用化などに向けて、さらに基板処理方法も含め、光プローブ顕微鏡で検出し易い、また、解析し易いDNAの伸長・固定方法の検討が望まれる。

(3)「ナノFISH法のための光プローブ顕微鏡装置の最適化に関する研究」
   (セイコーインスツルメンツ株式会社 村松 宏)

   本中課題では、中課題(1)・(2)で蛍光標識と伸長・固定されたDNAを、光プローブ顕微鏡によって高分解能・高感度に観察するため、光プローブ顕微鏡の性能向上(装置の改良等)と装置の操作・使用条件の最適化などを検討し、従来より分解能や位置決め精度の向上、ノイズの低減、マルチカラーの検出法の確立などを目標にして研究が行われた。
   研究の結果、光プローブ顕微鏡装置の各細部の改良を行うほか、ナノFISH用光プローブ探針の開発、励起光源に多波長レーザを用い、検出系にCCDカメラを用いた「分光SNOM/AFMシステム」の開発などにより、1本のDNAの形状像と蛍光像の同時計測や蛍光色素の1分子検出に成功したほか、複数の蛍光色素の同時検出の可能性を明らかにするな ど優れた成果を挙げている。これらの成果は、現在のこの分野の世界の水準と比較しても遙かに優れた成果であり、評価できる。
   本研究で開発した分解能と感度を高めた顕微鏡は、今後の遺伝子研究への応用が十分期待できるのみならず、広く生物学分野の発展に寄与できるのと考えられるので、早期の実用化に向けて、さらに使いやすい装置として改良されることを望みたい。