生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2003年度 事後評価結果

植物の耐寒性形質に関わる分子機能の複合的解析とその応用

(岩手大学農学部附属寒冷バイオシステム研究センター 上村 松生)

評価結果概要

全体評価

本研究の目標は、植物の耐寒性を総合的に理解し、広く応用できる分子育種理論を確立するための必要な情報を得ることに置かれ、そのために、分子生物学的アプローチと生理・生化学的なアプローチの連携を重視したプロジェクト構成になっている。
研究の進捗状況は、中間評価においていくつかの課題で遅れが指摘されたにもかかわらず、その後も十分な進捗を見せているとは言えない。特に、分子生物学的手法を用いた2つの中課題((1)と(2))の成果が不十分であったことから、応分の成果を上げた生理学的・生化学的手法を用いた3つの中課題((3)、(4)と(5))と十分に統合し、全体理解を得るまでに至っていないのが残念である。
本プロジェクトを総合的に見れば、課題が多すぎて研究費も有効に活用できず、やや散漫な研究となってしまった、と評価せざるを得ない。また、耐凍性という概念および現象と、耐低温性とが、十分区別されて、研究が行われたのかどうかも、疑問が残るところである。
遺伝子レベルでの機構解明と実用的な耐凍性作物を目指した研究としては、物足りない結果であった。

中課題別評価

(1)「アクティベーション・タギング法を用いた植物の耐寒性関与遺伝子群の探索」
(東京大学大学院理学系研究科 西田生郎)

シロイヌナズナのアクティべーション・タグラインから、耐寒性遺伝子の単離を目指したが、相当な努力にもかかわらず、結果として、この方法で、新たな遺伝子を単離することができなく、当初目標を達成することができなかった。今後、研究を継続するとすれば、形質の確認法を工夫する必要がある。
選抜した3つのタグラインのうち、青色光受容体に変異の原因があると考えられるラインと脱馴化過程に変異を示すラインfrt1の単離は新知見であるが、いずれも詳細な解析に至っていない。

(2)「植物耐寒性関与遺伝子のアクティベーション・タギング法による分離と遺伝子導入による植物耐寒性の改良」
(東京大学大学院総合文化研究科 和田 元)

シロイヌナズナの胚軸カルスから、アクティべーション・タグラインを作成し、それらについて、耐凍結性をスクリーニングした結果、26の候補遺伝子が得られ、現在、その機能を形質転換体を作成して調べている段階であり、当初目標を達成していない。
耐凍性遺伝子をアクティべーション・タギング法で捕まえることができるか、また、捕まえた遺伝子の機能を遺伝子導入という手法で証明できるかなどを含め、研究戦略の再検討が必要であろう。

(3)「耐凍性増大の分子的メカニズムに関する基礎的研究:生体膜の安定性に注目して」
(岩手大学農学部付属寒冷バイオシステム研究センター 上村松生)

耐凍性増大のキネティックスを生理学的に解析し、低温馴化の過程で増加する複数の膜結合型可溶性タンパク質を同定するとともに、そのタンパク質をコードしている遺伝子の単離と、それを過剰発現する形質転換体を得た成果は評価できる。
生体膜は、細胞の生死に深く関わっていることは事実で、耐凍性にも当然関わりがあるのであろう。その意味では、本中課題が行った生理学的な解析は、きわめて重要である。しかしながら、耐凍性遺伝子の単離は、生理学的な研究と分子生物学的研究の双方向からの研究が重要となる。その意味では、本プロジェクトの他の中課題から、関連した遺伝子が単離されていたならば、この成果がもう少し生かせたであろう。

(4)「高耐寒性植物に存在する凍結制御機構に関わる分子機能の解析」
(独立行政法人 農業生物資源研究所 石川雅也)

耐凍性に関わる凍結制御物質を解明するため、独自のアッセイ系を開発し、多くの植物を対象としてスクリーニングした結果、耐寒性を示す植物から、氷核活性物質など興味深い物質群を明らかにしている。実用的な観点からは、大変重要な課題で、問題点が良く整理され、達成度も高いものがある。
本プロジェクト全体の中で最も発展性のある成果と評価できる。今後もさらなる研究の推進を期待したい。

(5)「低温誘導遺伝子の耐寒性に及ぼす機能的役割の解析」
(北海道大学大学院農学研究科 藤川清三)

本課題では、北海道という地の利を生かして、自然界での凍結における障害発生のメカニズムを解析すると同時に、樹木を用いて、冬季特異的に蓄積するタンパク質を解析して、これらタンパク質をコードしているいくつかの遺伝子を単離し、その機能を明らかにした点は評価できる。
樹木などの耐凍性と、草本の耐凍性とがどのように異なるのかなどの、基本的な考え方を整理した上で、何を目指すのかを明確にすれば、本か題で用いられた研究手法は、今後も、有用なものとなる。焦点を定めた研究の発展を期待したい。