生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2003年度 事後評価結果

特殊レーザー加工技術を応用した新しい植物形質転換法の開発

(大阪大学大学院工学研究科 小林 昭雄)

評価結果概要

近年、植物の形質転換技術は目覚ましい進歩をとげ、植物育種は分子育種の時代に入った。特に欧米諸国ではアグロバクテリウム法やパーティクルガン法などの既存遺伝子導入法により、形質転換植物の開発が盛んに行われている。しかしながら、我が国においては、植物の形質転換に関わる基本特許の殆どが欧米に帰属していることが大きな障害となり、実用的な形質転換植物の開発が極めて遅れている。また、既存の遺伝子導入法ではメガベース単位の遺伝情報を植物細胞へ導入することができない。このような背景を踏まえ、本研究では、エキシマレーザの優れた加工特性を利用し、植物へ大型遺伝子を導入することを目的とした。これは、既存法の問題点を克服した我が国独自の形質転換法を開発するものでもある。本研究は、上記の目的を達成するため、以下のような3つの研究項目について、3研究室が分担協力して実施した。

項目(1)「植物細胞レーザ加工システムの開発」(小林昭雄)

この研究は、エキシマレーザ照射装置を活用して、サブミクロンの精度で、植物細胞壁に熱損傷を与えることなく穿孔できる、植物細胞加工装置の開発である。汎用型プロトタイプは、ArFエキシマレーザ(193nm)システムと顕微鏡システムを組み合わせて、植物細胞への加工をリアルタイムで自動化できるもので、光学系の専門家による熟練技術をバイオ研究者へユーザーフレンドリーに自動化したという意味で高く評価できる。しかし、ハイスループット化という観点では、まだ十分でないようである。本装置を用いて、遺伝子を担保した粒子に任意の角度でレーザ照射することでアブレーションを生じさせ、その衝撃波を利用して粒子ごと細胞内に導入する手法を考案し、実際に遺伝子導入を確認できたことは独創性といった見地から評価できる。しかし、バイオビーズによる遺伝子導入での発現には成功していない。このため、アグロバクテリウムによる核移行タンパク質(VirD2)の共導入を試みたが、効果のあることが示唆された知見にとどまっている。どんな植物細胞に対して本手法が適当なのか、それをどのように判別するのかについては、全く方向性を示し得ていない。このことが、本研究の評価を低くしている一つの問題点である。

項目(2)「レーザ加工技術を用いた遺伝子導入技術の開発」(福井希一)

この研究は、レーザにて加工した細胞へ遺伝物質を導入する際、DNAを物理的剪断から保護するとともに、導入効率を上げる目的で、微小なプラスミドからインタクトな核まで、安定して包摂できる微小なDNA保持体(バイオビーズ)を開発することである。アルギン酸ナトリウムを用いた直径~10μmのバイオビーズが、顕微鏡下で、光ピンセットにて保持・移動できることを確認した。さらに、YAC(約100kb)を包摂し、タバコ細胞BY-2に導入し、GFPの一過性発現を確認した。このようなノウハウの蓄積が行われてきたことについては高く評価できる。しかし、中間評価後、タマネギ表皮細胞などのレーザ加工部位に、遺伝子導入よる形質転換を試みているが、未だ発現するまで至っていない。また、導入された遺伝子がそのまま完全な形で形質転換されているのか、断片化して形質転換するかについてもこれからの課題となっている。レーザ加工システムに適当な安定化の開発はまだ十分ではないと言わざるを得ない。

項目(3)「レーザ加工技術を用いた遺伝子導入法における導入遺伝子の構築」(原島俊)

この研究は、酵母人工染色体(YAC)にクローンされた植物染色体由来の任意領域の巨大サイズDNA(50kb~500kb)を、酵母細胞内で任意領域を分断することにより、必要な遺伝子を含むフラグメントを作製する方法の開発である。実際にシロイヌナズナ第5番染色体に一部(590kb)をクローンしたYACの分断に成功した。一方、配列が未知の植物染色体がクローンされたYACの分断方法についても、道筋がつけられたが、その適用性からみると、まだ十分ではなく、モデルとしての既知遺伝子系での成果であるといえる。また、これらの成果が、本課題であるレーザ加工細胞への大型遺伝子の導入実験に有効に使われなかったため、全体への貢献度が曖昧に終わってしまった感がある。
本課題は、レーザを用いて、植物への大型遺伝子の形質転換法を開発しようとするものである。個々の研究は、それなりの努力はして、一定の成果が得られているものの、結局、この方法による植物の形質転換の有効性を、具体的に示す成果は得られていない。この方式がこれまでの形質転換方式と比較して、どこが有効、優位となりうるかという点についても、明快な結論が得られていない。本手法が、これまでの遺伝子導入法に替わる有用な方法であることを、実際の形質転換植物の作出によって示すことができなかったのは、高い評価をあたえることが出来ない最大の理由である。しかし、新しい手法を考案して、チャレンジしたことについては、評価すべきことと考える。