生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2003年度 事後評価結果

味覚応答の発現機序の解明

((独)食品総合研究所 日野 明寛)

評価結果概要

全体評価

味覚入力における味細胞と脳神経系の情報伝達やその応答特異性を分子・細胞レベルで解析し、味覚による生体の生理調節機序を解明することを目的とした。本研究において最も評価される成果として、甘味受容体の1つであるT1r3遺伝子のクローニングが挙げられる。T1r3はサッカリン感受性の新規受容体である。しかし、既に知られていた他の甘味受容体とT1r3が複合体を形成することにより、アミノ酸(うま味)受容体として機能することが他のグループによって示された。これにより、長年不明であったアミノ酸受容体の実像が明らかになったわけで、T1r3の発見は高く評価されるべきである。また、味覚が生体・生理調節と深くかかわっていることが示されたことは興味深い。甘味とホルモン(レプチン)の関係、味物質と唾液成分の関係などの研究成果は、ヒトの摂食行動と生体生理機能(時として病態)の関係について貴重な指針を与える可能性が示された。
本研究で実施された研究項目の全てが良好な成果を上げているわけではないが、総合的には十分評価できる内容である。味覚応答の発現機序の解明が、産業的にどの程度寄与するかは未知であるが、味覚は食生活において最も重要な要素であるから、味覚応答の発現機序の解明は、長い目で見れば食産業に貢献するであろう。

中課題別評価

(1)「食の機能性向上のための味覚情報の伝達・認知機構に関する分子生物学的研究」
((独)食品総合研究所 日野 明寛)

この中課題では、味覚受容の発現及びその生理調節に関与する遺伝子群の網羅的な解析と、味蕾前駆細胞の培養及び分化誘導系の開発を行うことを目的とした。マウス有郭乳頭で発現する遺伝子を網羅的に含む味覚DNAチップの開発を行うとともに、味受容に変異のあるマウス等を利用して新規味覚関連遺伝子の探索等を行った。その成果として、新規の甘味受容体T1r3のクローニングに成功し、これによってうま味受容体研究が急速に発展した。さらには乳頭間で発現様式が異なることを見出すとともに、味覚情報伝達に関与すると考えられる遺伝子を複数明らかにしたことは評価される。また、味蕾の維持には分化増殖因子であるShh-Ptc系が関与することを明らかにし、味覚関連遺伝子を発現する舌上皮由来の細胞株KT-1を樹立した。

(2)「遺伝的変異マウスを利用した味覚情報の伝達・認知機構の生理・生化学的及び行動学的研究」
(九州大学大学院歯学研究院 二ノ宮 裕三)

この中課題では、CGマウスを用いて、神経切断後の神経再生過程における行動応答、神経応答さらには味受容関連分子の再発現とそれらの関連を解析した。また、飽食ホルモンであるレプチンの味覚修飾効果と食物依存性の唾液タンパク質の合成誘導システムについて解析した。その結果、味細胞と味神経は互いに選択的にシナプスを形成しており、味細胞のターンオーバーに際しても脳に伝える味覚情報が大きく変化することなく維持されることを明らかにした。またT1r-KOマウスの味応答の解析から甘味受容体が複数存在すること、レプチンは味細胞に存在する受容体を介して甘味を特異的に制御すること、ヒトにおいても血清レプチン濃度は甘味閾値と相関すること、さらに食物の摂取により特定の唾液タンパク質が誘導され、栄養効率の改善に働くことを明確にし、これら味覚情報を介した食調節系の存在を明らかにした。いずれも着実な成果を上げており、高く評価される。