生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2004年度 事後評価結果

インスレーターの作用機構の解明と有用生物作出技術の開発

(東京大学大学院理学系研究科 赤坂 甲治)

評価結果概要

(1)全体評価

本研究では、ウニのArsインスレーター(ウニのアリルスルファターゼ遺伝子上流のインスレーター)という機能性遺伝子の構造的特徴、機能、ヒトでの相同配列の存在、インスレーター結合蛋白質の解明、また、それらの細胞内局在性、結合蛋白質のホモログなど、新しい知見が数多く得られた。インスレーションのメカニズムに関する基礎研究は当初の目的どおりか、それ以上の成果を挙げたと評価できる。その反面、インスレーターの応用に関わる研究については、これらのインスレーターが種を超えて機能すること、形質転換によってO157ワクチンを生産するイチゴや、目的組織に特異的にEGFPを発現している組換えマウスなど、生物系産業での利用につながる研究成果を出していることは評価できるが、当初設定したペースで進行させることはできなかった。しかし、本研究から明らかになったインスレーター機能を持つ遺伝子の特徴、あるいは、そのエンハンサー遮断効果を指標にした生物検定系の確立は、今後、新たなインスレーターの探索に道を開いた。こうした研究成果は、今後、遺伝子組換え生物の開発に一つの新しい考え方と方法を示したものとして意義がある。

(2)中課題別評価

中課題A「インスレーターの検索とその分子機構の解明」
(東京大学大学院理学系研究科 赤坂 甲治)

中課題Aでは、インスレーターの作用機作について優れた成果を挙げているが、その中でも最も高く評価されるのは、Arsインスレーターに結合するトランス因子であるUnichromの発見である。クロマチンは多数の箇所で核マトリクスと結合していることが知られているが、インスレーターの遮断メカニズムとして、この結合の関与が考えられていた。その意味で、核マトリクスタンパク質の中にトランス因子を同定したことは、インスレーターの機能の理解に向けて大きく進んだことを意味している。

中課題B「インスレーターの抗メチル化効果の解明」
(大阪大学たんぱく質研究所 田嶋 正二)

中課題Bでは、ArsインスレーターとDNAメチル化との関連について調べ、その結果、インスレーターの効果が、DNAメチル化の抑制、また、ヒストンのアセチル化の維持機能にあることを示した。インスレーター搭載ベクターで挿入すると、レポーター遺伝子のコピーが増幅するという現象も、今後の研究に興味をつなぐ発見である。このデータは、中課題Aのインスレーター結合蛋白質の結果と相まって、インスレーターの機能を示すものとなった。しかし、5年間を通じて同種のインスレーターに着目した研究が見られず、同種のインスレーターの同定にもっと真剣に取り組むべきであった。

中課題C「植物におけるインスレーターの機能解析とそれを利用したワクチン生産植物の作製」
(奈良先端科学技術大学院大学 吉田 和哉)

中課題D「インスレーターを利用した導入遺伝子の持続的発現技術の開発」
(京都大学ウイルス研究所 松岡 雅雄)

中課題Dでは、抗サイレンシング機序についての具体的なメカニズムは不明であるが、従来考えられていたメカニズムがArsインスレーターには当てはまらないことを見出した。また、数種の新規ヒトインスレーター候補の抗サイレンシング活性を有する配列を同定した。これらの実験の中でインスレーターによる抗サイレンシングとエンハンサー遮断が互いに独立な機能であることを明らかにした。ウイルスベクター挿入変異をin vitroで再現したが、これに対してインスレーターは効果を示さなかった。これらのデータは培養細胞系でのデータであり、動物実験については具体的な成果が出ていない。

中課題E「インスレーターを用いた遺伝子の高発現組換えクローン家畜の作出に関する基礎研究」
(独立行政法人農業生物資源研究所 安江 博)

中課題Eでは、組み換え家畜の作製を目指して、ブタの遺伝子のアンチセンスmRNAを発現させることで、同遺伝子を抑制するシステムを開発した。また、Arsインスレーターを組み込んだコントラクトを用いて、目的組織に特異的にEGFPを発現している組換えマウスを実用レベルで得ることに成功した。最終目標であった高発現組換え家畜の作出には研究期間で達成することはできなかったが、インスレーターを用いた高発現組換え家畜の作出への基礎的成果は得られた。