生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2004年度 事後評価結果

カイコの遺伝子機能解析システムの構築

((独)農業生物資源研究所 田村俊樹)

評価結果概要

(1)全体評価

全体として基礎研究と応用を視野に入れた研究のバランスがとれており、新たな昆虫産業創出のための基盤技術としてカイコの遺伝子機能の「解析システム」を構築するという目標自体は達成され、基礎研究の面でもほぼ満足すべき成果を挙げたと認められる。
即ち、外来遺伝子の導入方法の改良、新しく作出された形質転換体を利用したエンハンサートラップ系の開発、全遺伝子の80%以上をカバーするESTデータベースの作出とこれに基づくDNAチップの作製等に成功するとともに、開発した新システムを学術研究手法及び現場技術として真に有効なものとする上で欠かせない実証試験の一環として、各種のカイコ遺伝子の機能解析に成果を挙げた。
それに対して、有用遺伝子によるカイコのトランスジェネシス、開発した技術とデータの他の昆虫への応用、さらには環境調和型の農薬開発や害虫の遺伝的防除技術の開発等
当初の目標の一部としていた応用並びに発展的事項に関しては、ほとんどが手つかずの状態で終わっている。しかし、当研究の成果は既に他のプロジェクトで利用されつつあり、例えば、昆虫を利用した医薬品等の組換えタンパク質の作出やクモ等の遺伝子を利用した高機能繊維の開発、データベースを利用した農薬開発プロジェクト等が開始されている。
なお、得られた成果の割には公表数は多いといえないが特許化への取り組みには積極性がみられ、情報発信も平均以上であると評価される。

(2)中課題別評価

中課題A-(1)「形質転換カイコの作出効率の向上と利用技術の開発」
((独)農業生物資源研究所 田村俊樹)

カイコ卵へのDNA注射法を改良し、形質転換体を容易に検出できるベクターを開発するという目標は達成された。即ち、カイコ卵へのDNAの注射に適したマニピュレーターの開発に成功し、1時間に200~300個と注射のスピードを飛躍的に向上させるとともに形質転換体の作出効率を20倍以上高めた。また、既存特許に抵触しないキヌレニン酸化酵素遺伝子のほか多くのマーカー遺伝子の作出に成功した。さらに、多様な発現特性を持つシステムを作出し、それと新たに開発されたトランスポゾンminosによる形質転換カイコ作出法を利用してエンハンサートラップ系の開発を行った。
この他、熱誘導等カイコの特徴的生物現象に関連する遺伝子の同定等当初の目標にはなかった成果も得た。

中課題A-(2)「カイコ全発現遺伝子のDNAチップ作製とその利用の技術開発」
((独)農業生物資源研究所 三田和英

カイコ全発現遺伝子をカバーするESTデータベースの構築は計画通り進展し、最終的カバー率は目標の80%をすでに超えている。
ESTの載ったDNAチップの作製については、17,000の独立ESTを固定したチップの作製に成功し、全遺伝子の80%をカバーするという当初の目標を十分に達成した。これらの成果は他の研究分担者に逐次提供され、共同してカイコ特異的遺伝子の抽出と機能の解析やプロモーターの探索等の研究進展に貢献するとともに、データベースはSilkBaseとして公開され、内外の多くの研究者に利用されている。

中課題B「形質転換系、既存突然変異およびDNAチップを用いた家蚕遺伝子の機能解析」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 嶋田透)
上記中課題から提供される新システムの有効性を確認するとともに、既存の遺伝的変異系統やバキュロウイルスによる遺伝子発現技術等を加え、性決定、変態、休眠、病原感染等カイコ特有の生命現象を司る遺伝子をゲノムワイドに解析して各々興味深い知見を得た。特に、変態に関するキチナーゼ遺伝子BmChiーhが細菌から鱗翅目昆虫へ水平移動した特殊な遺伝子であり脱皮期のクチクラの更新で重要な役割を果たすことを明らかにするとともに、性決定については、Bmdsxが体細胞で性特異的スプライシングを経て性特異的形質を制御している性決定遺伝子であることを証明する等の成果は特筆に値する。 当初は確たるコンセプトなしに手当たり次第との印象を拭えないし、得られた成果の生物系特定産業への寄与が将来的にどのような形で可能なのか必ずしも見えてこないものの、研究の道程の中では一時期このような段階も許容されようし、所期の目標は達成したと評価される。情報発信は満足すべきレベルにある。