生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2004年度 事後評価結果

葉緑体の増殖制御技術の開発と応用に関する先導的研究

(立教大学理学部 黒岩常祥)

評価結果概要

(1)全体評価

5年間の研究を通じて、当初計画になかった原始紅藻の3ゲノムの完全解読を行い、これを基盤に葉緑体の分裂がダイナミックトリオ:原核型分裂遺伝子由来のFtsZリングと真核型分裂遺伝子由来のPDリング、ダイナミンリングによってなされることを明らかにした点は高く評価される。また、陸上植物における葉緑体分裂にペプチドグリカンが関与しているとの成果も新知見であり評価される。しかし、PDリングの無傷単離とプロテオーム解析から外PDリングはダイナミンリングとPDリングのタンパク質の複合体であることが明らかになったものの、75Kdaをはじめ、骨格を形成する複数のタンパク質をコードしている遺伝子の完全同定まで至らなかった。
生物系特定産業への寄与に関しては、その基盤を形成したとは言えるが、実際の応用にはまだ課題が残されている。 特に、大型海洋藻類等における形質転換系の確立の遅れ、あるいは、高等植物における葉緑体分裂制御系の開発、葉緑体分裂変異株の機能解析は不十分であり、葉緑体分裂制御と生産性の相関を評価するには至っていない。しかしながら、レーザー加熱による液体膨張圧を用いたマイクロインジェクション法の開発は、生殖細胞あるいはオルガネラへの遺伝子導入の可能性を高める技術として興味深いものがあり、今後の展開に興味がもたれる。

(2)中課題別評価

中課題A「極限環境藻類を用いた葉緑体増殖機構に関する基盤研究」
(立教大学理学部 黒岩常祥)

当初計画になかった原始紅藻の3ゲノムの完全解読を行い、これを基盤に葉緑体の分裂がダイナミックトリオ;原核型分裂遺伝子由来のFtsZリングと真核型分裂遺伝子由来のPDリング、ダイナミンリングの形成、収縮、分断で進行することを明らかにした点は高く評価される。このうち、PDリングの骨格を形成に関わる遺伝子の同定に至らなかったことは惜しまれる。
紅藻Cyanidioschyzon merolaeのゲノム解析から真核型オルガネラ分裂装置遺伝子としてのダイナミンの役割を解明し、光合成器官である葉緑体とともに、ミトコンドリアも含めたオルガネラに対する核の支配体制の解明に大きな糸口を与えたことの意義は極めて大きい。

中課題B「海洋藻類の原核型及び真核型葉緑体分裂遺伝子の探索と遺伝子導入による葉緑体増殖技術の開発と応用」
(東京大学大学院新領域創成科学研究科 河野重行)

微細緑藻、二次共生藻類、海洋大型藻類を中心に原核型葉緑体分裂遺伝子を網羅的に探索し、紅藻型ftsZ、高等植物型ftsZ、シアノバクテリア型ftsZを単離したこと、さらに中課題1の結果を受けて海洋藻類からダイナミンのホモログ2種を単離したこと等は評価される。また、真核型葉緑体分裂装置遺伝子としてのダイナミンの候補遺伝子を網羅的に検索するとともに、中間評価でその達成が危惧されていた微細藻類と二次共生藻類における形質転換系の確立に成功しつつあることは重要である。当初目標である海洋大型藻類における遺伝子導入技術の開発が未完成であることから、その技術開発が完成されることを期待したい。

中課題C「陸上植物の葉緑体増殖制御技術の開発と遺伝子破壊による葉緑体分裂関連遺伝子の機能解析」
(熊本大学大学院自然科学研究科 高野博嘉)

コケ植物から原核型分裂遺伝子を2種単離すると共に、陸上植物の葉緑体で機能するペプチドグリカン合成系遺伝子を新たに発見し、その一つであるMurE遺伝子を破壊したヒメツリガネゴケにおいて葉緑体の分裂が阻害され、巨大化することを認めた成果は高く評価される。分裂装置の制御に伴う生産機能の開発に関する研究は、ftsZを破壊したゼニゴケの生育観察はなされているものの、必ずしも十分に推進されたとはいい難い。一方、ペプチドグリカン合成阻害剤による色素体の複製の阻害は、当初の目的にあったマラリア原虫の生長制御の可能性を秘めるものである。一連の研究課題のなかで、もっとも産業的応用のインパクトが期待できる課題であり、今後さらなる展開が図られることに期待したい。

中課題D「原始紅藻から陸上植物への進化と遺伝子導入技術を基盤とした葉緑体増殖機構の普遍性の解明」
(東京大学大学院理学系研究科 東山哲也)

中課題Aを中心に進められたシゾンのゲノム解読のデータを用いて、真核生物の大系統に関する知見を得るとともに、植物の進化系統を明らかにしている。また、極細のキャピラリーによるマイクロインジェクション法が開発されたことは、従来困難であった単細胞、あるいはオルガネラへの微細遺伝子導入を可能にするものであり、中間評価までに確立されていたマイクロレーザー、マイクロピペットによる顕微操作とあわせ、新しい遺伝子導入技術・顕微細胞操作技術としての利用により、葉緑体増殖機構の解析がさらに進展することを期待する。