生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2005年度 事後評価結果

化学環境認識に基づく昆虫行動決定スイッチングシステムの解明

(京都工芸繊維大学繊維学部 尾崎 まみこ)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

(1)全体評価

クロキンバエやカイコを用いて、刺激受容器(味細胞など)での摂食刺激物質や抑制物質の受容タンパク質を明らかにし、その応答性を解析し、その情報が如何に中枢に伝えられ統合されて決められた行動を誘起するかの解明を目的とし、5年間の研究で多くの成果が挙げられた。クロキンバエ唇弁感覚毛の受容タンパク質の解析から、味覚受容細胞での機能タンパク質を複数同定し、機能の解析を行った。また、唇弁感覚毛にある糖受容細胞におけるシグナル伝達系として、Gタンパク質・NO-cGMPを介する系の存在を明らかにし、糖の受容とシグナル伝達の理解が大いに進んだ。クロキンバエの食欲と嗅覚との関連、嗅覚情報の脳内入力部位や嗅覚情報・味覚情報が食道下神経節に統合され摂食行動をスイッチングする可能性、NOを介した糖応答による塩応答の抑制など受容細胞間相互のクロストーク、ふ節の味覚神経の中枢への情報伝達、などについての解析も進められたことは評価したい。
また、カイコ味細胞の情報の中枢への投射、脳での運動ニューロンヘの情報の伝達、口腔環状圧縮筋に入る運動ニューロンによる糖刺激に対する飲み込み行動の制御、食道下神経節内に細胞体のある大顎閉筋運動ニューロンによる咀嗜運動の制御、摂食行動に及ぼす生体アミン特にドーパミンの役割、ドーパミン受容体の同定など、個々には多くの成果が挙げられたと言っていい。
しかし、問題の複雑さと奥の深さから、全体像が見えるところまでには至っていない。また、得られた新規実験結果もまだ詰めが浅く、確立された事実として認知されるまでになっていないものが多い。今後これらを検証するのが課題である。受容細胞の刺激がどう伝わり、どこで統合されて運動ニューロンを刺激し、どう行動へとつながるのかはまだ多くの課題を残している。この研究で得られたいくつかの新しい指摘は、今後の研究の端緒になるものであり、今後の研究の進展に期待したい。

(2)中課題別評価

中課題A「昆虫行動決定スイッチングシステムとして作動する接触化学受容細胞の機能タンパク質とその遺伝子の特定」
(京都工芸繊維大学繊維学部 尾崎まみこ)

この中課題の目指したところは、摂食化学受容タンパク質の同定と発現細胞の特定であり、感覚受容組織のプロテオーム解析とcDNAライブラリー作製による受容タンパク質の網羅的解析を目標に掲げたが、いろいろな困難によって網羅的な解析はできなかった。しかし、クロキンバエ唇弁味覚受容細胞での複数の機能タンパク質の同定ができたことは確かな成果である。また、これらのいくつかについて機能が詳細に解析され、理解が進んだことは評価できる。クロキンバエの食欲変動と嗅覚との関連についても興味ある新たな指摘をした。チラミン陽性細胞を同定し、食欲変動とチラミンとの関係を示して、チラミンの重要性を明らかにした。マキシラリパルプの研究から、嗅覚情報の脳内入力部位の検討を行い、嗅覚情報・味覚情報は食道下神経節に統合され摂食行動をスイッチングする可能性を示唆した。これを検証するのが今後の課題である。一方、線虫を用いた化学刺激受容タンパク質のアッセイ系を確立し、新しい受容タンパク質の同定を行うのが当初の目標であったが、結局十分な結果が出せないまま終わった感がある。

中課題B「昆虫の接触化学受容細胞の作動機構と行動決定システムにおける役割」
(電気通信大学電気通信学部 中村 整)

この中課題の目標は、味覚嗅覚受容細胞での情報の電気的信号への変換機構および細胞間相互作用・情報処理の機構の解明であり、中間評価を経て多少の計画変更はあったものの、それに沿って成果を挙げたと評価できる。特に、唇弁感覚毛の情報変換機構・情報伝達系として、NOS・NO・cGMP系の存在を明らかにした。この成果は、中課題AのGタンパク質のクローニング等の研究にも繋がり、糖受容細胞におけるシグナル伝達系の一つの新しい経路の存在を確実にした点で、高いレベルの成果と言っていい。また、味細胞の培養を可能にして、各種刺激に応答する細胞の同定を可能にし、その機能の解析ができるようになったことは大きな成果と評価できる。糖受容細胞と塩受容細胞の間でNOを介した何らかのクロストークがあり、糖応答による塩応答の抑制の機構があるという指摘は大変面白いし、今後の研究のきっかけにもなる成果で、その進展を期待したい。また、ふ節の味覚神経の中枢への情報伝達経路、ふ節と唇弁の味覚細胞の脳に対する作用(脳のドーパミン濃度への影響)に関する解析など、今後の研究の進展に期待したい。しかし、味細胞の情報の中枢への投射=脳への神経投射の解析=神経配線=個々の神経活動と行動スイッチに関わる神経の同定なども目標であったが、ほとんど進展がなかった。

中課題C「昆虫の接触化学システムを通した行動制御の基礎研究」
(独立行政法人農業生物資源研究所 朝岡 潔)

この中課題の当初の目標は、狭食性のカイコを主な対象とし組織形態学的解析によって、摂食刺激化学物質が行動を誘発する情報受容伝達機構を解明することであった。多くの研究計画を掲げて幅広い検討が行われ、一定の成果を挙げたが、研究課題における狙いが明瞭だったとは言いがたい。飲み込み行動制御や咀嚼運動制御における運動ニューロンに関する解析での成果や、摂食行動に関わる生体アミンの重要性を示し、特にドーパミン受容体を同定しドーパミンの役割を明らかにしたことは評価できる。食性異常ミュータントなどを用い、食性には味覚や飲み込み閾値などの要因が関与することを明らかにしたのは重要な成果である。しかし、対象とした研究課題が広範で焦点が絞りきれておらず、どの研究の成果も完成度という点で満足できるものではなかった。