生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2005年度 事後評価結果

昆虫の抗微生物タンパク質の特性解明と利用基盤技術の開発

((独)農業生物資源研究所 山川 稔)

総合評価結果

当初計画どおり推進

評価結果概要

(1)全体評価

昆虫から新規な抗菌タンパク質を得て、その活性中心を同定し、活性中心の一次構造をリードとしてより強力な改変ペプチドを合成する試みは一応成功した。D型アミノ酸で合成された改変ペプチドが感染症制御に有効であること等の成果は、本プロジェクトの将来に希望を持たせる結果である。
また、カイコヘの遺伝子の導入や遺伝子ノツクダウンの技術は、昆虫に於ける遺伝子発現機構の解明や昆虫機能の利用などの場面で貢献度は大きい。
ただ、純粋に科学的学術的側面に限ってより厳しくみれば、類似の研究は外国でも多く行われており、成果の質と量において新しい独自の領域を切り開くような展開がもう少しほしかった。この数年でショウジョウバエや哺乳類の自然免疫機構解明が著しく進歩しており、抗菌タンパク質遺伝子発現の誘導に関わるシグナル伝達機構の解明等において、それらに肩を並べるレベルの研究にまで達しているとは必ずしも言えないのは残念である。
しかし、応用的な面で当初の目標に向けた一定の開発の道筋は示されたと思われるので、今後の研究の中で、新しい抗菌剤の開発を期待したい。

(2)中課題別評価

中課題A「昆虫の抗微生物タンパク質の特性解明と改変」
((独)農業生物資源研究所 山川 稔)

カブトムシから単離した抗菌タンパク質の活性中心を同定し、これをリードとして合成した改変ペプチドから、複数の生理活性を持つものや広い抗菌スペクトルを示すもの、MRSAと薬剤耐性大腸菌の両者に抗菌作用を示すものなどが得られ、また、抗生物質との併用の有効性を明らかにすることができた。これらは所期目標への道筋を示すレベルにまで到達したと評価できる。
殺菌機構の解析では、天然抗菌ペプチドモリシンでのポア状構造体形成に対し、新規改変ペプチドは膜への集積によって膜破壊することを示すなど理解は進んだ。当該分野の専門家が取り組んだしっかりした研究であり、レベルの高い寿命の長い論文になることが期待出来る。
また、カイコ体液から新規抗ウイルスタンパク質3種を発見し精製単離して一部その性状を明らかにした。昆虫のウイルス感染に対する防御機構はほとんど解明されていない分野であり、今後の発展に期待する。

中課題B「昆虫の抗微生物タンパク質遺伝子発現抑制実験系の確立と微生物感染に与える影響の解明」
(京都工芸繊維大学 森 肇)

従来の方法より効率的で実用に耐えるカイコの形質転換法の確立に鱗翅目昆虫では初めて成功した。この方法はカイコや他の鱗翅目昆虫の遺伝子機能解析の手段として幅広く利用される可能性がある。また、抗菌物質合成誘導の研究はこれまでショウジョウバエの独壇場であったが、カイコでの研究が急速に進展すると期待される。
これを用いた遺伝子ノックダウンにより、転写因子RelやCactusの抗菌タンパク質発現への関与やショウジョウバエと違ったシグナル伝達系の存在を示唆する結果を得た。また、中課題Aで得た抗ウイルスタンパク質遺伝子のノックダウンカイコの作製に成功したことは評価できる。このノックダウンカイコが有用タンパク質の高発現宿主として応用できるかどうかにつき、今後も研究を継続すべきである。
技術開発に時間がかかり過ぎ、当初目標とした抗菌タンパク質遺伝子発現機構の解明を完成させるところまでいかず、シグナル伝達系の解明の一部に切り込んだにすぎない結果に終わったのは残念だが、解析手段は確立されており、今後の進展は期待できる。

中課題C「昆虫の抗微生物タンパク質改変ペプチドの機能評価と家畜感染制御技術の確立」
((独)農業・生物特定産業技術研究機構 中村 菊保 (平成17年3月まで廣田好和))

中間評価前には、中課題Aからの改変ペプチドの供給遅延等により実質的にほとんど進展しなかったが、中間評価後は機能評価法も改善され、改変ペプチドをマウスへin vivo 投与し細菌感染に対する防御効果が調べられた。MRSA敗血症の抑制、MRSAと薬剤耐性大腸菌双方の感染制御、抗菌活性と TNF-a 産生抑制双方の効果を持つものが同定され、また、エンドトキシンショック死を防御する機構の一部を明らかにした。さらに、改変ペプチドは肝臓、腎臓、肺等に副作用がみられないほか、抗原性が低く特異抗体産生が観察されないこと等本プロジェクトが目標に向かって前進していることが示された。
これらのペプチドを動物薬として実用化するまでには、製剤、使用法などまだ様々な試験を必要とする。今後の研究進展により実際に製品化されれば、本プロジェクトの成果はさらに高く評価されるのではないか。
なお、実験条件や実験データの提示方法への注意を含めより質の高い論文の活発な公表を期待する。