生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2005年度 事後評価結果

植物ホルモンアブシジン酸の制御機構の解明とバイオテクノロジーへの応用

(理化学研究所植物科学研究センター 篠崎 一雄)

総合評価結果

極めて優れている

評価結果概要

(1)全体評価

全体に、非常に組織的にしかも精力的に計画を遂行し、多くの成果をあげてきた。特に、ABAの生合成と分解に関するキーステップを明確にし、また、その下流に位置するタンパク質のリン酸化に関わる新しい因子の特定、さらに遺伝子発現調節因子についての詳細を明らかにし、ABAの作用機作に関してほぼその全過程における重要な因子の特定を5年間の期間中に成し遂げた。この成果は世界レベルでのABA研究に極めて大きな貢献を果たすものである。ABAの主な生理作用として、乾燥や塩などの環境ストレスへの耐性付与、植物の生活環の重要な段階である種子の形成、発芽といった重要な側面が知られていたが、このABAの作用は植物科学が直面する非常に大きな中心課題の一つでもある。この命題に、5年前から取り組んできた発想の先見性にも優れたものがあったが、実際にほぼ計画通りに成果を上げてきた事は評価しすぎてもおかしくない。
マイクロアレイを利用した網羅的な研究を行い、ポストゲノムの一つの方向性と有効性を示したことは高く評価したい。また、この研究を通じて植物ホルモン間のクロストークに関しても研究の萌芽となるような成果を上げており、今後の発展が期待できる。
しかし、重要な因子を特定する事で、結果的にはABAの分子レベルでの作用機構がより複雑なものである事を明確にすることになったため、むしろ応用・利用に近づいたとは言えない。その意味では、最終的な目標を応用・利用に置くのであれば、中間評価の3年目あたりの段階で少し大きな軌道修正が必要だったと考えられる。例えば,2つの中課題がそれぞれABAの上流と下流を平行して計画を継続するのを止めて、「乾燥応答」あるいは「種子形成・発芽」といった現象に絞り込んでテーマを再編成して取り組めば、より現象に近い重要「因子」の割り出しに成功したかもしれない。
これは、本課題に限られた問題ではないが、産業等への応用を直接の目標にするとどうしても現象そのもの(出口)に近い重要因子を捕まえる必要があり、そのためには植物の生理応答から切り込んでいくという視点が要求される。いくらゲノム配列が全て明らかにされても、沢山の遺伝子が同定されても、それでも実際には植物の生理現象を分子レベルで明らかにするにはまだまだ長い年月が必要であろう。本課題が当初計画を立案しこれだけ多くの成果を上げてきた事を十二分に評価するが、一方でこのようなレベル(角度)の違う研究が同時に進むような体制の形成も不可欠である事を認識することが重要だろう。
ABAについては、本研究で合成から情報伝達にいたる多くの遺伝子群が明らかにされたが、上述の受容体を含め、まだ、情報伝達の点では未知の部分が数多く残されている。今後は本研究で得られた成果をさらに発展させ、情報伝達のネットワークを解明されるための研究を行って欲しい。
ABAの分子育種への活用については、今回得られた遺伝子群が有用であることは示されたが、今後、どのような遺伝子のどのような制御が実用的に優れた品種を生み出すことにつながるかは、作物分野の研究者、育種分野の研究者など、農学領域の研究者との共同研究によって解明されていくことが必要であろう。この観点からの研究の発展も期待したい。

(2)中課題別評価

中課題A「植物ホルモンアブシジン酸の合成・分解の制御およびシグナル受容機構の解明とバイオテクノロジーへの応用」
(理化学研究所植物科学研究センター 篠崎一雄)

結論的には、本研究の代表者としての責任を果たしたと言える。課題の遂行によって重要な因子の特定に成功したが、終了時点でおもに「ABAの生合成・分解の調節機構を生理現象との関連で明らかにする事」、「ABAの受容体を特定すること」、「情報伝達のカスケードを生理応答との関係を明確にした上で明らかにすること」という重要な課題が残されている。いずれも何らかの形で継続されるべき問題である。より広い視点・手法で取り組む必要があるテーマであり、可能であれば国内でのチーム体制を構築する事によって多角的で有機的な研究を推進することが望まれる。今後、このような方向性も含めた研究代表者を中心としたリーダーシップが継続して発揮されることを期待する。
研究代表者は理化学研究所の植物科学研究センターのセンター長として多忙ではあろうが、今後、さらに研究を発展させ、我が国の植物ホルモン研究の地位を高めて欲しい。

中課題B「植物ホルモンアブシジン酸による遺伝子発現制御およびシグナル伝達機構の解明とバイオテクノロジーへの応用」
(国際農林水産業研究センター生物資源部 篠崎和子)

総合的には、中課題Bでは、マイクロアレイなどを利用したマクロな遺伝子発現解析が中心であって、個々の遺伝子からのネットワーク解析を目指したものではない。そのためもあって、研究の完成度が高いとは言えない。しかし、それらのデータを公開するなど、この分野の研究の発展には寄与している。また、遺伝子発現制御を転写因子のレベルで解析しており、それらの転写因子群の特徴付けなどの成果を得ていることは、評価される。今後は、ABAの受容から核内での転写制御にいたる過程をどう埋めていくのかの新たなストラテジーを立てることが必要かもしれない。それによって、これまでに得られているデータが整理され、活用され、また、ABAのシグナル伝達の全貌が見えてくるのかもしれない。
トランスクリプトーム解析が植物ホルモンの研究について有効であることを示し、多くの新知見を得ている。今後、植物ホルモンのクロストークについてもこの方法が有用であると言う展望を開いた。ABA関係の転写因子についてもその機能を解析し、応用への可能性を示した点は高く評価できる。このような研究において、植物(シロイヌナズナ)の生活環全体を通してどのような影響がでるかを観察してほしいという感想を持った。本研究は基礎的な研究であるが、現場の応用的な研究者が身近にいる環境で研究していることから、今後よりいっそう現場の研究者と連携し、重要な問題に集中して研究を展開していただきたい。