生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2006年度 事後評価結果

生物毒素素材を利用した疾患モデル動物作製とその応用に関する先導的研究

(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 河野 憲二)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

(1)全体計画

ジフテリア毒素受容体を利用した標的細胞ノックアウト法(DT-TRECK法)の改良による疾患モデル動物の作出ならびに細胞毒性リボヌクレアーゼを利用した動物細胞機能解析である。研究に入る前すでにDT-TRECK法は確立されており、この5年間でその改良型を用いて疾患モデル動物作出を目指した。その結果、毒素受容体の改良、毒素免疫寛容マウスの樹立など、DT-TRECK法は改良され、この方法を用い肝炎、糖尿病モデルマウスなどが作出され当初ならびに中間評価後の設定目標は達成された。ただ課題AとBではともにTgマウスを作出しており、連携がとれればもっと効率よく研究が進められたのではないだろうか。また中課題Cでは、コリシンE5とDが疾患モデル作製のための生物毒素素材として利用することはむつかしく、中課題Aの方法が良いことを報告している。5年間の結論がこのようになるのはやむを得ない面もあるが研究の進め方に問題があったのではないだろうか。

(2)中課題別評価

中課題A「毒素レセプターを利用した標的細胞ノックアウト法の開発と応用」
(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 河野 憲二)

TRECK法を改良し第2世代TRECK法の確立を目指した方向性は、この技術を応用する上で重要であり、結果的に成功している。本研究ではI型糖尿病モデルおよび肝炎モデルにおいて、その有用性が示されており、また両系において細胞移植により病態を改善できることも示され、このシステムの有用性が実際に示された点は、当初研究目標に対しての達成度から見て評価できる。HB-EGFのプロセンシングによる二次的な影響を排除するために、変異型HIB-EGFの検討がなされたこと、骨粗鬆症モデル開発において毒素の頻回投与が必要になったことから、recipientの抗体産生による毒素の無毒化を避けるための免疫寛容の導入など、TRECK法の改良も示されており、中間評価以降の進展に対しても評価はできる。研究の進め方については、中課題AでTgコンストラクトを開発し、中課題BでTgを作出するともっと効率よく進められたのではないだろうか。プロジェクトを進める過程で生じた技術的問題点を順次解決し、このシステムを多様な疾患モデルマウス作製の応用へと期待できるレベルに高めている。

中課題B「標的細胞ノックアウト法による疾患モデルマウスの作製とその遺伝解析」
(財団法人東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所 米川 博通)

BALB/c-scidにAlb-TRECKおよびIns-TRECKを導入したTgマウスを作製し、それぞれ肝炎モデルマウスおよび糖尿病モデルマウスを樹立し、これらにヒトの幹細胞移植を行い、ヒト細胞の再生実験に利用できることを示している。これらマウスの作出は評価されるが、医療分野ばかりでなく農業分野(ブタ、ニワトリなど)に目を向けた研究があるとよりよかった。SCIDマウスを用いるという困難さはある程度克服し、個体レベルまでもっていって成果を出したことは評価できる。ヒト臍帯血幹細胞の移植系においても、ヒト細胞はDT感受性であることから、移植後にFas抗体を用いてマウス幹細胞を破壊しているなど、ヒト細胞移植系としてはまだ十分確立できていないと思われる。またSCIDマウスはヒト細胞のrecipientとしては不十分であり、X線照射も必要な系であることから、むしろNOD-SCIDやNOGマウスを用いてのヒト細胞移植系確立を試みた方がいいかと思われる。また中間評価で指摘されたBAC recombineeringは技術そのものには新規性はないものの、in vitroでの構築には成功していて、個体レベルでの導入を試みている段階である。ただこの技術は個体作出まで至ったとしても、その発現量の問題や組織特異的発現の検証には時間がかかるため、TRECK法に導入するにはまだハードルは高いかもしれない。

中課題C「細胞毒性リボヌクレアーゼを利用した動物細胞機能解析の基礎研究」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 正木 春彦)

新規毒素素材としてのコリシンE5、DのtRNase活性のin vitroおよび細胞レベルでの解析は精力的になされており、基礎研究としてはユニークであり一定の評価を与えることができる。さらに真核生物由来のtRNaseとしてのzymocin研究も中間評価後に展開されているのはこのシステムの普遍性、メカニズム解明を比較検討する上では納得できる。ただ最終目標である個体レベルでの有用性に向けてはまだまだ検討の余地は大きい。5年間にわたり多額の研究費を費やしたが、分子細胞生物学的解析に終始していたと言わざるを得ない。最終的結論として「ジフテリアトキシンを利用したTRECK法に替わるものはない」という結論を出しているが、研究成果の全てが有用なものとはならないにしても途中でもっと方向性を検討する必要があったのではないか。結果論になるが、哺乳動物細胞レベルでの基礎的実験を早くから行っていれば研究の展開はより興味深いものになっていたと思われる。