生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2006年度 事後評価結果

家禽の光周性と排卵・放卵周期の分子機構の解明

(名古屋大学大学院生命農学研究科 吉村 崇)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

本研究を通じて鳥類の光周性、排卵周期に関して、極めて独創的かつ説得性の高い学説を提示し得たことは、高い評価に値する。家禽の光周性に関わる時計遺伝子がウズラの視床下部内側基底部に集約存在することを手掛かりに、時計遺伝子の転写制御下にあって光周性を「実行」している遺伝子を探索した結果、脱ヨードにより、甲状腺ホルモンT4を活性型のT3に変換する遺伝子産物(Dio2)を同定した。これは極めて意外性の高い発見であったが、様々な傍証と、T3がグリア細胞の形態的変化を促すことで、性腺刺激ホルモンの分泌を司るGnRHの作用を顕著化させるとの解釈で、広く認められる説となった。一方で、甲状腺ホルモンとは別の制御系を見出し、複雑な光周性の制御系を解明しつつある。さらに、光周性の制御に関わる遺伝子を多数同定している。これらの遺伝子の中には生産性と直接関連している遺伝子が含まれていると考えられることから、今後これらの遺伝子の機能解析により、経済的に重要な形質と遺伝子との関連が明らかにされていくものと期待される。
家禽の排卵・放卵周期の解析に関し、卵巣に存在する時計遺伝子が排卵のタイミングを決定しているという、全く新しい概念を提唱した。この中心となっているのがStAR遺伝子であり、この遺伝子の制御機構についても明らかにできたことにより、排卵・放卵周期の全体の機構がかなり明らかになってきた。しかし、排卵のメカニズムは複雑であり、卵胞の成長や成熟との関係、さらにニワトリ個体の加齢による排卵のタイミングの遅れ(排卵周期が長くなること)などの問題は未解明のままとなっている。これらの問題が解決できれば、週齢が進んでも24時間周期で産卵を続けることができるニワトリの作出が可能となり、これにより、産卵率の向上とともに産卵後期における卵重の必要以上の増大を防止できるようになることが期待される。産業的には極めて大きな波及効果となることは間違いないと思われる。
遺伝子導入ウズラの作成に関しては、鳥類における遺伝子導入技術が確立していないことから、今後の検討課題と思われる。しかし、遺伝子導入は遺伝子の機能解析における有用な手法であることから、さらに検討を続けることが必要である。
以上のように、本研究は家禽における光周性や排卵・放卵周期の分子機構の解明に関し、極めて重要な基礎的知見を見出してきた。これらの基礎的な知見は科学的に極めて貴重であるとともに、今後いくつかのステップを経て産業へ波及することが期待できる。
鳥類の遺伝子組換え技術は、卵内への目的タンパク質分泌という生物工場的観点から生物産業上大きなインパクトを有するが、鳥類の生物機能を変革、改良することも将来の大きな課題であって、その際に「導入されるべき遺伝子の候補」を発見したことは、現状では間接的とは言え、一定の成果と評価されよう。家禽での光周期、生物時計分野での研究として、貴重な知見が得られているが、現時点では、理学的な意味合いで、自然科学の興味の向くままに真理を追究してきたように見える。波及効果を考える前に、先ず第一に、生物系特定産業が直面している問題にこれらの新しい知識をどのように関連付けられるかを判断する必要がある。そのためには必要な基盤研究を特定し、目標達成までの道順を構築し、研究を進める必要がある。そして初めて、波及効果や産業化の見通しが見えてくるはずである。