生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2006年度 事後評価結果

ナノ加工技術を利用した膜タンパク質のナノバイオロジー

(大阪大学産業科学研究所 野地 博行)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

(1)全体評価

実際の生理機能を担うタンパク質の機能解析がポストゲノム研究として重要となっている。なかでも生体膜に埋まって働く膜タンパク質は、膜電位を利用したエネルギー変換・情報伝達・膜輸送など、細胞にとって不可欠な生理機能を担っているので、その機能解析が重要になっている。
本研究では、膜タンパク質の代表として、ATP合成酵素を膜に組み込み、膜電位依存的な回転観察を実現することに置いた。ATP合成酵素に任意の膜電位を与えて、その動く様子を1分子単位で計測すること(中課題A)と、その実現に向けて生体分子とナノ・マイクロ加工を融合させた新しい計測系を開発すること(中課題B)を目的とした。膜電位依存的な回転1分子観察については、顕微鏡上に平面膜を再構成する新たな計測系を共同で開発し、1分子歌詞課に成功した。しかし、まだ回転発生頻度が非常に低いことなどを改良する必要がある。
当該研究者は、マイクロチャンバーというフェムトリットルの微少容量をもつ反応容器を作製し、これを用いて酵素活性の1分子活性の測定を実証した。またこのマイクロチャンバーにF1モーターを閉じ込め、磁気ピンセットで回転させて1分子単位でATPの合成量を測定した。これらは評価の高い学術誌に掲載されるなど科学的価値を十分に示すことができた。また、膜小胞輸送系における小胞形成過程の解明においても順調に成果が上がっている。一方、1分子計測のためのマイクロ流体デバイスなどの研究も順調に進行し、技術的な水準も高いものである。
本研究は、基礎科学研究としての科学的価値は高く評価できるが、生物系特定産業への直接的な展開は現状では明確ではない。当該研究者は生研センターの研究に応募し、採択されたわけであるから、この点をもっと留意するべきである。

(2)中課題別評価

中課題A「膜タンパク質の調整とその1分子観察」
(大阪大学産業科学研究所 野地 博行)

当初研究では、ATP合成酵素の回転運動を巨大化させた大腸菌の液胞膜を利用して観察する予定であったが、その表面構造が不適当なことが判明したため、人工の平面膜を利用することに大きく方向転換した。この人工平面膜にATP合成酵素を組み込むシステムを確立し、ATP合成酵素の1分子可視化に成功した。膜電位依存的な回転1分子観察については、顕微鏡上に平面膜を再構成する新たな計測系を開発し、最大の目標であるATP合成酵素の膜電位依存的な回転の観察に成功した。しかし、回転発生頻度が非常に低いことや、実験の歩留まりが悪いという問題点を改良する必要がある。
一方、マイクロチャンバーを用いて、酵素活性の1分子活性が実証されたので、次にF1モーター1分子をマイクロチャンバーに閉じ込め、磁気ピンセットでF1モーターを回転することにより、1分子単位でATPの合成量を測定することに成功した。顕微鏡ステージ上において、活性を失って活性が停止したF1モーターを、磁気ピンセットを用いて、回転を復活させ、活性化することができた。これは、酵素活性を機械的刺激によって活性化させる初めての現象であり、大きなインパクトを与え、評価できる。このように、ATPaseに関わる成果をもとに優れた成果をあげ、評価の高い学術誌に掲載されるなど、科学的価値を十分に賦与したことに対し、高く評価される。しかし、他の膜タンパク質の研究はほとんどされず、この点は評価できない。また、膜小胞形成過程の解明においては、順調に成果が上がっており、これまで知られていなかった現象もいくつか見られている。
今後、ナノ加工技術を駆使し、膜タンパク質が持つ研究上の問題点を克服し、生命活動の基本的メカニズムを解明することと、研究過程で得られた多くのノウハウを活用して、今後は応用研究へと発展させるべきである。

中課題B「マイクロ加工によるナノバイオデバイスの作製」
(東京大学生産技術研究所 藤井 輝夫)

この中課題には二つの研究グループが参加している。竹内らは、当初計画では、ナノ電極を試作する計画であったが、中課題Aの研究修正に伴い、ナノ電極の試作を中止し、平面膜チップの作製へと移行し、膜タンパク質を平面膜に埋め込み、チップで実験を遂行できるマイクロシステムを作製した。このマイクロシステムを作製した点は大いに評価できる。他に、パターニング技術を利用して、脂質をパターニングし、均一径のリポソームを大量に調節する手法を確立し、マイクロチャンバーやマイクロヒーターといった、技術的シーズを供給している。
藤井らは、流体デバイスを担当しており、野地らの実験系を流体デバイス化し、ワンタッチで完結させる検討を行った。具体的には、タンパク質1分子を任意の場所に固定化する手法の検討と、1分子計測に応用可能な溶液交換システムの開発であり、実際に多層流チップでF1モーターの1分子測定を行い、ATPの供給と停止が層流によってうまく制御できることを明らかにした。このように、1分子計測のためのマイクロ流体デバイスなど、当初の目標どおり達成させたと評価できる。