生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2007年度 事後評価結果

香りセンサーとしての嗅覚受容体の分子認識機構の解明

(東京大学大学院新領域創成科学研究科 東原 和成)

総合評価結果

極めて優れている

評価結果概要

ほ乳類から昆虫まで様々な生物において数十万種類といった多種多様な匂い物質が、嗅覚受容体のどの部分で認識され、その化学情報がどのようなメカニズムで脳に伝わり処理されるかは良く解っていない。そこで、本研究では、マウスと昆虫を用い嗅覚受容体の匂い分子認識空間を分子レベルで解析し、香りセンサーとしての分子基盤の全貌を明らかにすること、および嗅覚における匂い同士の相互作用を末梢神経に発現する嗅覚受容体レベルから高次脳認知レベルまで多角的に解析し、匂い混合臭の認識メカニズムを明らかにすることを目的とした。設定された研究目標に対し、Nature誌やScience誌に掲載される高いクオリティーをもった顕著な成果を得ている。
特に優れた成果を、次に示す。1)2004年度ノーベル医学生理学賞を受賞したBuckとAxelが1991年にクローニングした嗅覚受容体を、今回開発した機能アッセイ法によって匂い受容体として正式に認知させた。また、匂い受容体は嗅覚受容体レベルでブロードな選択性があることを明らかした。2)マウスの涙の中にもタンパク性のフェロモンが存在することを物質レベルで証明し、さらにその受容体を機能的なレベルで明らかにした。3)精子にも嗅覚受容体が発現していることを見出し、この嗅覚受容体が精子の走化性に関与することを明らかにした。4)カイコフェロモンで性行動の誘発を引き起こす受容体を同定した。5)昆虫の嗅覚受容体がヘテロマー複合体を形成して、それ自体がイオノトロピック型のリガンド作動性チャネルであり、脊椎動物のそれとは全く異なることを明らかにした。
以上のように、マウスやカイコ蛾を用いて、それらの嗅覚受容体の構造と機能を幅広く、かつ分子レベルを含めて、作用機構の理解を深化させたことは高く評価できる。この分野は先年ノーベル賞が授与されたこともあり、活況を呈しているが、若手の中からこのような研究成果が出たことは素晴らしい。一方、目標が達成されていない課題のなかにも、今後の研究展開に結びつくと思われる新たな成果が得られている。これらの研究を進めることにより、他の匂い(フェロモン)を認識する嗅覚受容体機能、脳の匂いの認知機構に関する新たな知見が得られるものと期待される。
本研究のような基礎的研究によって得られる成果は基礎科学技術の進展に大いに貢献するだけでなく、匂い受容体とその情報変換機構を用いたアッセイ(スクリーニング)法やバイオセンサーの開発、匂いの認知・行動解発を担う神経機構を利用した情報処理デバイス開発など応用研究につながることが期待される。このうちアッセイ法は、食品産業分野、農・畜産業分野、環境分野、衛生産業分野などの諸分野において応用できると考えられる。一方、バイオセンサーの開発は、匂い受容体とその情報変換機構が複雑なシステムであることが明らかになっており、得られた成果をどう活用していくか、応用研究の場面においてもう一工夫が必要であろう。