生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2007年度 事後評価結果

原虫病に対する非侵襲性迅速診断装置の開発

(帯広畜産大学原虫病研究センター 井上 昇)

総合評価結果

当初計画どおり推進

評価結果概要

(1)全体評価

本研究はカーボンナノチューブ(CNT)の電気特性を利用し、唾液、尿などの非侵襲性材料を用いて原虫関連分子の迅速、高感度な検出系の確立を目指したものである。この診断技術は、実現すれば新産業創出につながるインパクトの高い課題であるが、見方を変えれば、困難な目標設定となっているとも言える。事実、最終的にCNTセンサーヘッドが5つしか準備できず、ほとんど検証が行えなかった事は非常に残念である。反面、この高すぎる設定目標は、3ヶ年の研究としては十分な成果が得られたとも判断することができる。すなわちCNTについては、製品の均一性にまだ問題をかかえているが、バイオセンサー素子、チップの開発はほぼ完了し簡易診断キットのプロトタイプが開発できた。またCNT-バイオセンサーに用いる抗原の検討ならびに非侵襲性材料を用いての検討など、個々にはさらなる検討が必要であるが、全体的には組み換え抗原をはりつけたCNT-バイオセンサーを用い血清材料で迅速かつ高感度な抗体検出系を構築した点は評価される。ただ用いる抗原ならびに検査材料として、血清ではなく、唾液など非侵襲性材料を用いた検討をしてほしかった。対象疾病に重要性があれば、当初の研究目的に添って検査材料を変えるべきではない。集めてきたサンプルで何とか検査系を動かす工夫とさらなる努力が必要であったと結果的に言えるように思う。研究提案の発想はすばらしく、この研究にかける意気込みも十分に感じられるが、設定された目標は過大であり、その視点から見れば十分に達成できなかったと判断できる。

(2)中課題別評価

中課題A「原虫検出用組換え抗原の精製とCNT-バイオセンサーの実用評価」
(帯広畜産大学原虫病研究センター 井上 昇)

CNTバイオセンサーは従来の吸光ELISA法にくらべ数千?数万倍高感度であるといわれている。今回は抗原を張り付け抗体を検出していたが、例数は少ないがELISA法でまったく抗体が検出できない唾液材料でもCNTバイオセンサー陽性を示す結果が得られており、興味がもたれる。しかし実用化に向けては、CNTバイオセンサーの大量生産に加えて、ペプチド抗原など用いる抗原の検討、ならびに非特異反応の除去など多くの課題がある。なおCNTバイオセンサー法は抗原抗体系ばかりでなく残留農薬の検出など幅広い応用が可能であり実用化に向けての今後の期待は大きい。

中課題B「原虫検出用CNT-バイオセンサーの作製と性能評価」
(北海道大学大学院情報科学研究科)

通常極めて歩留まりの悪い、基板上成長CNTを用いたFET:電界効果トランジスタ (field effect transistor:電圧入力によって発生させた電界により電流を制御するトランジスタのことである) 構造を採用し、これを量産してバイオセンサーを多数生産し、原虫検出の評価に用いようという極めてチャレンジングな課題に取り組んだ。これまで実績のある窒化膜によるパッシベーションではなく、high-kゲートに用いられるHfO2を用いたパッシベーションにより、ヒステリシスの低減と安定動作を確保できた点は、独自性は高くないものの実質的な成果として評価できる。触媒や成長条件の改善で歩留まりが驚異的な90%程度まで改善されたと報告書にあるが、実際に中課題Aに提供できたセンサーヘッドは5個のみであり、主張する高い歩留まりを裏付けるデータは無い。1度限りの結果ではなく、定常的に90%を実現できるのであれば、極めて重要な成果であり、その評価は高い。
簡易診断システムを2組作製し、FET特性測定の素人でもある程度の操作性を確保した点は、机上の議論を超えたすばらしい成果と評価できる。しかし、解析がエクセルでグラフを描かせ、それを人が判断するというレベルにとどまったのは、抗体検出の確証に欠け、極めて残念である。原因は安定しないFET特性によるものと思われるが、これは基板上で成り行きに任せて合成されるCNTを使用する限り、原理的に避けがたい特性である。従って、この手法でデバイスを作製する限り、この特性のばらつきを考慮したインテリジェントな解析ソフトを開発する事が必須である。これを実現してはじめて「簡易」診断システムと言える。そのためにも、多数の検体に対するデータベース構築が必須であり、今後の課題となろう。
以上、当初の目的を十分に達成したとは言えないものの、研究期間・予算規模からすれば、十分な成果が得られていると判断できる。社会的にインパクトの高い研究課題であるので、ここで終了してしまうのではなく、今後も継続して開発を進めて実用化に向けた検証を行って頂きたい。