生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2007年度 事後評価結果

クローンブタを用いた幹細胞移植治療の評価モデルの確立

(明治大学農学部 長嶋 比呂志)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

(1)全体評価

本研究では、ヒトへの類似性が高いブタを用いて、幹細胞移植治療評価に利用できる大型動物モデル系の構築を目的する。体細胞クロ-ンブタは、同一の遺伝的背景を持ち、細胞・組織移植に伴う拒絶反応が起こらないことから「自家幹細胞移植」のモデルとなり得る。さらに遺伝子改変あるいは薬剤誘導による病態モデルブタを開発して、それらの動物と独自に樹立したブタ組織幹細胞を組み合わせることで、幹細胞移植治療の前臨床的評価に資する独創的動物モデルを確立することが目的である。
当初A-Eの5中課題ではじめたが、中間評価時までに進展の思わしくない2課題を中課題Aに統合しA-Cの3課題として、グループ全体としての役割・意義を明確するという指摘を受け、さらに中課題間の研究の重複を解消するために中間評価以降、中課題は次の通り再編成した。(1)中課題Aは当初の予定に「RNAiのブタへの応用」を加えてバイオス医科学研と福山大と連携する。(2)中課題Aと中課題Eを統合し、病態モデル・トランスジェニックブタの作出を重点目標とする。(3)中課題Bは幹細胞の大量培養系および高効率分化誘導系に注力し、ブタで幹細胞移植モデルの確立に取り組む。(4) 中課題Cは薬剤誘導による糖尿病モデルブタの作出とそれを用いた細胞移植の研究に集中する。(5)中課題Dはモノクロ抗体関連の研究に集中する(中課題Aに統合)。中課題の再編成によって、当初の全体目標である「幹細胞移植治療の前臨床的評価に資する独創的動物モデルの確立」は概ね達成できたといえる。とくに、それぞれの中課題が密に連携することで効率的なトランスジェニック・クローンブタの作出法を確立できたのは高く評価できる。すなわち、今回開発されたICSI法(Intracytoplasmic sperm injection:顕微授精法)による外来遺伝子導入法に関わる技術や受精精胚の培養、唾液腺幹細胞の選抜および分離法や大量培養法、クローン胚の培養法および保存法など個々の高度な技術が集約されて、最終的により完成度の高いトランスジェニック・クローン動物作出技術に繋がったと考える。さらに中課題AとCが連携することで、糖尿病モデルブタを作出し、中課題BとCが連携することで病態モデルの細胞移植治療効果の評価に至ったことも評価できる。

(2)中課題別評価

中課題A「唾液腺由来幹細胞からのクローンブタの作出ならびに病態モデルブタの開発」
(明治大学農学部 長嶋 比呂志)

中間評価以降、一部計画が変更され、最終的に得られた成果は次の通りである。(1) ICSI法と体細胞核移植法を組み合わせることによって、ヒト変異型HNF(hepatocyte nuclear factor)1α遺伝子導入クローンブタを高率に作出できる可能性を見いだした。 RNAi法による内因性遺伝子のノックダウン効果をin vitroで確認したが、in vivoでの効果は確認できなかった。(2) PD-2ベクターを利用したICSI法によって糖尿病を誘発するトランスジェニック・クローンブタを作出し、導入遺伝子の次世代への遺伝を確認した。PD-2ベクターを用いたエレクトロポーレーション法によって糖尿病誘発トランスジェニックブタは得られなかった。(3) 前駆脂肪細胞や唾液腺由来幹細胞を用いて効率の良いクローンブタ作出技術を確立した。さらに唾液腺由来幹細胞を反復利用して、第4世代までクローンブタを作出した。(4) クローン胚(前駆脂肪細胞由来)の凍結保存法として新規のガラス化保存法を確立した。蛍光マーカーとしてクサビラオレンジ遺伝子を導入したトランスジェニック・クローンブタも作出した。さらに核ドナー細胞として好適条件を示す判定基準としてのモノクローナル抗体の作製ならびに幹細胞の分化程度を把握できるマーカーを特定した。これらの達成状況は、中間評価以降の予定を完了しており、当初の目標以上に到達していると考える。

中課題B「ブタ内胚葉系幹細胞の供給と肝・膵臓障害モデルの細胞移植治療」
(熊本大学大学院医学薬学研究部 遠藤 文夫)

ブタ内胚葉系幹細胞を分離しその性質を確認すると同時に、体細胞クローニングの核ドナ-として応用し、さらに肝・膵臓障害モデルの細胞移植治療を行うことを目標とした。その結果、(1) 高密度培養法と支持細胞を利用してブタ唾液腺組織から内胚葉系幹細胞を高率に分離することに成功した。(2) 分離した幹細胞を特定の分化誘導因子を添加して培養することによって膵内分泌細胞や肝細胞へ分化誘導することができた。(3) ブタ唾液腺組織から分離された幹細胞はクローンブタ作出用のドナー細胞として適しており、クローンブタから分離された幹細胞もドナー細胞として利用できることを示した。さらに、幹細胞の性質を維持できる長期保存法を見いだした。(4) 分化誘導したラット唾液腺由来前駆細胞を糖尿病マウスに移植し、血糖値の改善を確認した。ついで、糖尿病を呈する幹細胞由来クローンブタおよび非クローンブタに対して同様に細胞を移植することによって血糖値を低減させることができた。これは、クローンブタを利用した自家移植による糖尿病治療を実証する有用な成果となった。(5) 平板および浮遊培養によって幹細胞の大量培養法を確立した。これらの達成状況は、中間以降、概ね予定通り進められ、当初の目標を達成していると考える。

中課題C「薬剤誘導による糖尿病モデルブタの作出と幹細胞自家移植モデルの構築」
(九州沖縄農業研究センター 高橋 昌志)

薬剤誘導による糖尿病モデルブタの作出(1)STZを用いて非クローンブタおよびクローンブタに対して、安定的にI型糖尿病を誘発するモデルブタ作出技術を確立した。(2)非クローンブタにおいて唾液腺幹細胞や膵島を糖尿病誘発ブタへ確実に移植する方法を確立し、細胞移植治療効果を確認した。(3)中課題Bと共同で分化誘導した幹細胞由来膵島様細胞を糖尿病誘発ブタへ移植し、血糖値の改善効果を確認した。(4)中空糸膜を活用した効率的な細胞や胚の培養法および凍結法(ガラス化保存)を開発した。以上のことから、中間評価以降に予定していた「クローンブタの幹細胞自家移植の評価」に関わる細胞移植治療の実施例数はやや少ないが、ほぼ予定をクリアしており、当初の目標は達成されたと言える。