生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2007年度 事後評価結果

植物細胞壁糖鎖の機能解明とその制御

(筑波大学生物科学系 佐藤 忍)

総合評価結果

当初計画どおり推進

評価結果概要

(1)全体について

本研究の目標は、細胞壁糖鎖の合成酵素及び分解酵素遺伝子に関わる形質転換体の作出と解析を通して、マトリックス糖鎖の生理機能を解明することにあった。形質転換体の作出に関わる様々な技術的な課題を克服して多くの変異体を単離するとともに、その原因遺伝子の同定や形質変異のメカニズムの解明に関しても新技術を開発・導入して、多様な研究を実施した。
その結果、成長と形態の調節並びに細胞接着におけるマトリックス糖鎖の役割に関して、インパクトのあるいくつかの成果をあげた。その一部については既に特許申請し、また野外実験を実施するなど、研究成果の実用化にも努めた。全体としては、研究計画に沿って意義のある研究が展開できたと評価できる。
その一方、形質変異のメカニズムに関してはまだ明らかにすべき事が多く残っており、最終的な目標として掲げた「細胞壁の脇役的な評価を一新する」というレベルにはまだかなりの開きがある。今後、本研究の成果を利用するための研究を推進することにより、食糧生産、木材などの素材供給、あるいは環境浄化など、現在社会が抱える重要な課題の解決に貢献できることを期待する。

(2)中課題別について

中課題A「植物細胞の成長制御機構の解明」
(京都大学生存圏研究所 林 隆久)

多くの糖鎖分解酵素遺伝子を過剰発現させたアラブドプシスやポプラの形質転換体を作出し、それらの成長や形態などの表現型から、糖や糖鎖の機能を推定すると共に、実用的な植物体を作出することをめざした。その中で、キシログルカナーゼ過剰発現体では顕著な成長促進が起こることを見いだした。また、あて材にキシログルカンが存在し応力発生に関与することを示した。さらに、キシログルカナーゼ過剰発現ポプラの野外実験を進めるなど、研究成果の実用化にも努力した。しかし、当初に目標とした細胞壁構成糖鎖の機能の帰属を行うという観点からは、必ずしも科学的に価値の高い新知見が得られているとは言えない点は残念ではある。

中課題B「植物の細胞接着機構の解明」
(筑波大学大学院生命環境科学研究科 佐藤 忍)

研究自体は計画通り進行し、新たな変異体の作出・遺伝子の単離などは順調に行われた。また、既に準備段階で得られている情報、あるいは材料を基礎にそれを発展させる研究も、ほぼ予定通り進行したと言える。しかし、この研究期間内に新たな大きな発見があったという評価をすることは難しい。それはそれぞれの遺伝子について、まだ研究が完成したという段階にまでは至らなかったことにもよる。今後この研究が継続され、それらの成果が論文として発表されることを期待したい。NpGUT1については、その欠損がペクチンとホウ素の結合性を著しく抑制することにより花粉の分化や発芽伸長を抑制することを見いだしたことは、意義があることであり、今後、花粉の不稔化技術として使用可能であるかもしれない。

中課題C「細胞壁マトリックス糖鎖の構造と生合成機構の解明」
((独)森林総合研究所 石井 忠)

中課題Bからの試料の解析という支援的な課題を消化しつつ、独自にペクチン生合成の過程を詳細に検討し、従来の想定を覆し、UDP-アラビノースムターゼという新たな酵素をその生合成過程に加えることに成功した。また、海外の研究者との共同研究から、タグラインからの糖鎖合成酵素と思われる株の糖鎖解析を行い、その遺伝子の機能を決定するなどの成果を挙げた。これらの成果は多くの論文として投稿されており、学術的な価値は高い。3つの分担課題の内では、もっとも学術的には価値の高い成果を挙げたとも言える。しかしその成果は、直ちに実用的な段階で活用できるものとは現時点では言えない。