生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2007年度 事後評価結果

新規摂食調節物質グレリンとニューロメジンUの基礎的、応用的研究

(宮崎大学農学部家畜生理学教室 村上 昇)

総合評価結果

極めて優れている

評価結果概要

(1)全体について

摂食の制御は、日常的にメタボリックシンドロームを心配する我々現代人にとって関心が高い事項というだけでなく、それ以前に、人間と動物の両方にとって成長を決定し、健康や生産性を維持するためのまさに決め手となる重要な生理機構であることは言うまでもない。本研究代表者である村上らのグループは、独自の研究からレプチンとは作用が逆のグレリンを見出し、さらにその後ニューロメジンを同定するなど、有用な新規ペプチドを次々と発見しその広範な生理作用を詳細に解析してきた。
本研究プロジェクトは、村上らのきわめて独創性の高い基礎研究の積み重ねを基盤として、それまでの基礎研究とは少し方向性を変え、動物産業への応用を見据えた総合的研究として計画されたものである。その対象とする動物種の範囲は産業動物にとどまらず、今や国民の生活にとって欠かせない存在となった伴侶動物にも及んでいる。
それぞれが高い価値をもつ研究論文の発表総数が100編を超え(内その6割以上がIF 2以上)、また国内外の特許出願件数が10件を超えている事実は、実質5年弱の研究期間や研究分担者の数を鑑みるに、まさに驚異の成果といっても過言ではない。
既存のホルモン製剤などと比較してのペプチドホルモンの合成や構造改変の簡便さなどを勘案すると、本研究で得られた成果をもとに産業への展開を視野に入れた実際的研究を早急に計画すべき状況に至っているものと判断される。

(2)中課題別について

中課題A「新規摂食調節ペプチドの生理作用解明と効率的な食肉生産や伴侶動物の過食症、拒食症への応用」
(宮崎大学農学部 村上 昇)

畜産学、獣医学領域では多種の動物を対象にしており、小型実験動物で得られた生理活性がそのままの表現形として実用対象動物では再現されないことも稀ではない。また、特に生理活性を有しているペプチドなどでは、アミノ酸配列が一部異なることが、実用展開の大きな妨げになることもある(例えば抗原性を持ってしまうなど)。本中課題の実施に当たっては、担当者は新規ペプチドの機能を小型実験動物で追究するといういわゆる「基礎研究」に加えて、「種差」の問題に十分意を用いていることが窺われ、「生物系特定産業への貢献」というグラントの趣旨によく合致した研究が実施されている。
グレリンの新規生理作用として胎児の成長への促進作用が示されたことは極めて意義深く示唆に富んだ発見である。人の胎児や未熟児への応用の道が開ける可能性もあり、少子化や産科医師不足などが深刻な社会問題となる中、畜産分野からの重要な情報発信となるかもしれない。
科学的価値という見地からはグレリンの迷走神経を介する作用機序の解明が重要であり、グレリン受容体の制御機構とともに意外性に富む大きな発見であった。臨床試験という容易に見えて多大な現実的困難を伴う事業に挑戦した村上らの積極性と果敢なチャレンジ精神に対して敬意を表したい。本中課題の成果を総合的に見れば、グラントの趣旨に合致した、科学的価値の高い良質の成果が多数得られたと総括できる。

中課題B「新規摂食調節ペプチドによる生体機能調節機構の解明」
(久留米大学分子生命科学研究所 児島 将康)

本中課題では、遺伝子改変マウスの早期の作出によって本研究全体の進捗に貢献している。あるペプチド、つまりある遺伝子産物の機能は、現今の趨勢ではその遺伝子のノックアウトマウスを作出して表現形を解析するという手段が必須である。
多くの分子生物学的な解析は、興味ある多くの知見を生み出しているし、新たな生理機能として、当初想定されなかったものが数多く発見されており、それらは今後の応用展開に大いに寄与するものと考えられる。
児島らのグループはグレリン遺伝子の発現調節機構の理解に先端的な分子生物学的手法を駆使して取り組んだ。その結果、いくつかの興味深い事実が見出されている。そのひとつはグレリン遺伝子のプロモータ活性の調節因子であり、また中鎖脂肪酸によるグレリン分子の脂肪酸修飾と活性との関連の発見も今後の合成グレリンを用いた応用的研究を展開していくうえで重要と思われる。生物系特定産業への寄与を重視するという本プロジェクトの趣旨に照らすと、村上グループ(課題A)のパフォーマンスが極めて高かったため、児島グループ(課題B)の成果がややもすれば若干霞んで見えがちであるが、内容を精査すれば両者の密接な連携の上に本研究が実現したことは明らかであり、現実的なチームワークについても高く評価されよう。
本中課題の成果を総合的に見れば、それぞれのペプチドの受容体のアゴニスト、アンタゴニストの創出に対する強いインセンティブを与えるものと評価され、そのようなステップを踏めば、様々な応用展開に途を拓くことが可能な、グラントの趣旨に合致した、科学的価値の高い研究成果と評価される。