生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2008年度 事後評価結果

昆虫免疫応答改変によるアンチ・インセクトベクターの開発

(帯広畜産大学原虫病研究センター 嘉糠 洋陸)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

この研究は、病原体を伝播する節足動物固有の免疫能を改変することにより、病原体を伝播できない昆虫(アンチ-インセクトベクター)を作出することを目的としている。
遺伝学的な研究成果の蓄積されたショウジョウバエを病原体媒介昆虫における免疫応答を解析するためのモデル昆虫として用いた本研究は、申請者自身が開発した「異所発現トラップ法」を用いることにより、ショウジョウバエの表現型をもとに機能的に遺伝子をスクリーニング出来る点で、独創的である。
さらにその手法は表現型を用いたハイスループットなスクリーニングを可能としている点で他に類を見ない。申請者はこれらの特性を存分に生かして、本研究期間中にいくつかの病原体を用いて、ベクター側の免疫制御因子を数種類同定した。次に、ショウジョウバエで同定した候補分子を、本来の媒介蚊に戻って機能解析をすすめ、2種類の分子についてそれらの機能を解明した点は高く評価できる。また、「アンチ・インセクトベクター」の開発につながるヒントを、蚊の中腸内細菌に着目することにより得た点は、非常に有益な知見と考えられる。したがって、今後もショウジョウバエを用いたハイスループットな新規分子の同定、また、同定された分子の機能を本来の病原体・ベクターの組合せにより解析してゆくことは、病原体・ベクターの分子相互作用の全容を解明するパワーを有する現実的なアプローチであることが本研究により示された。
具体的には、原虫、細菌、ウイルスの増殖を制御するショウジョウバエ遺伝子の同定とその機能解析を行った結果、フロックハウスウイルス(FHV)に対しては、RNA干渉システムの因子としてのDicerファミリー、マラリア原虫に対しては、C型レクチンFurrowedが、サルモネラの感染抵抗性因子としてThor、Dmp38bを同定した。これまでなぜアルボウイルスが媒介昆虫には病原性を示さないのか、またアルボウイルスのほとんどがRNAウイルスである事の理由が不明であった。今回FHVで示された抗ウイルス因子としてのRNA分解酵素Dicerが,アルボウイルスの感染に抑制的に機能していることでその理由の一端が説明できる。一方、ショウジョウバエ異所発現トラップ系統をスクリーニングして見つかったマラリア原虫の増殖を抑制するC型レクチンFurrowedは、原虫や細菌表面の糖鎖などを認識するらしい。実際マラリア原虫を媒介するハマダラカのFurrowedは中腸に原虫が侵入した際、原虫表面に結合し原虫に対する最初の障壁として機能しているらしいことを明らかにしている。さらにFurrowedを介して中腸内の細菌の爆発的増殖がみられこれが原虫増殖を抑制するという、蚊の中腸内共生細菌との協調作用による原虫排除の機序を見つけたことはたいへん興味深い。これは遺伝子組み換え生物でなく、中腸内細菌を人為的にコントロールするアンチ・インセクトベクターの開発へと結びつく成果である。Furrowedは病原体を直接認識するレクチン因子で蚊の吸血刺激で一過性に上昇して微生物感染から蚊を守っているが、哺乳動物にとっても新規パターン認識レセプターとして機能している事を予測させる発見であり評価できる。中間評価の時点では、ショウジョウバエに発現され抗原虫作用を誘導するC型レクチンFurrowed を見つけ、この遺伝子をハマダラカ遺伝子に組み込みFurrowed を発現するトランスジェニックハマダラカ(TG)を作る計画であったが、GM生物に固執せず中腸微生物を利用したアンチ・インセクトベクターを開発した点は評価できる。
本研究成果は、ベクター・病原体相互作用の普遍的理解を深め、今までに知られていない病原体増殖制御に関わる自然免疫分子が多数発見されることが期待され非常に興味深い研究である。現段階では、産業への具体的な波及の目処は無いが、今後の継続的な研究が産業への寄与への可能性を見出す上で必須と考えられる。