生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2008年度 事後評価結果

カイコゲノム研究基盤を活用した昆虫の比較ゲノム解析

(独立行政法人農業生物資源研究所 安河内 祐二)

総合評価結果

当初計画どおり推進

評価結果概要

(1)全体評価

本研究は多くの主要害虫を含む鱗翅目昆虫において、整備の進んでいるカイコゲノム研究の成果を円滑に利活用出来る系を確立することを目指したものである。具体的には、数種の鱗翅目昆虫の染色体上の相同領域の対応関係(シンテニー)を明らかにした比較ゲノム地図を作成し、種間で高い相同性を示す遺伝子のうちゲノム上に単一コピー存在するアンカー遺伝子の染色体の位置をFISHにより明らかにして、種間での比較を行った。
本研究では、タバコスズメガ、ヨーロッパアワノメイガ、ヨトウガ、ニセアメリカタバコガのBAC/fosmidライブラリーを使って、目標を越えるアンカー遺伝子のクローンを取得した。また、ヨーロッパアワノメイガとヨトウガについてはESTライブラリーを作成し、更にヨーロッパアワノメイガとアズキノメイガとの交雑により連関地図を作成した。一方、BAC/fosmidクローンをプローブとしてFISHによる染色体観察を丁寧に行い、シンテニーを明らかにしている。その結果、鱗翅目昆虫の間では、ほぼ染色体行性が一致しており、染色体の対応付けが可能なこと、また目が異なる離れた種間ではシンテニーの保存性が見られないことも見いだしており、昆虫のゲノムの全体像を知る上で重要な知見であると考えられる。
この研究は、今後新たに出現するであろう難防除昆虫の防除対策が必要となった場合、対象とする昆虫の全ゲノムの解析がなされなくても、迅速簡便に耐性遺伝子を見いだしたり、関連遺伝子を探索する技術開発の基礎となる研究である。解析が進んでいるショウジョウバエやカイコの解析結果を他の昆虫の遺伝子解析研究に活用できることを示した点で意義深い。一部達成できなかった目標があるものの精度も高く信頼の置ける目的以上の成果が得られている。また、2つの中課題間の連携も上手く機能しており、全体として計画通りの成果を収めた研究と評価できる。ただ、学会等での発表はあるが論文はほとんど出ておらず、情報発信の観点からは十分とはいえない。成果がかなり出ており、その一部はインパクトの高い論文となる可能性もあるので、今後早急に論文として発表する努力が望まれる。

(2)中課題別評価

中課題A「遺伝地図・物理地図情報を用いた比較ゲノム解析」
(農業生物資源研究所 安河内 祐二)

中課題Aでは、タバコスズメガとカイコのゲノムを比較するためのアンカー遺伝子を159個配置することに成功した。また、ヨーロッパアワノメイガ、ヨトウガ、ニセアメリカタバコガのBACも83~172個クローニングし、中課題Bで用いるプローブを開発した。このように、かなり膨大な実験およびデータ解析をともなう課題に対して、ほぼ確実にゲノムの比較やFISHのためのプローブの供給を行っており、この点では目的を達成している。また、ゲノムの比較により、昆虫目の違いに関する情報を得ており、昆虫ゲノムの全体像の把握、様々なゲノム情報の利用や今後のゲノム解析の方向性に関して重要な情報を与え、効率の良い応用研究の助けに成ることが期待される。カイコゲノムと既知の昆虫ゲノムとのシンテニーをゲノムワイドで解析し、コクヌストモドキゲノムとある程度のシンテニーがあることを示した。
特定の遺伝子の種間比較の課題には全く手がつけられず、この解析から得られると予想される情報が得られなかったものの、全般的には、ほぼ目的を達成している。得られた成果は、今後、様々な昆虫の遺伝子の解析、それに伴う昆虫の理解および昆虫利用や害虫駆除などの様々な研究での利用が考えられる。

中課題B「FISHによる比較ゲノム解析」
(北海道大学大学院農学研究院 佐原 健)

中課題Bは、中課題Aから供給されるタバコスズメガ、ヨーロッパアワノメイガ、ヨトウガ、ニセアメリカタバコガのBAC/fosmidクローンをプローブとして用いた複雑かつ高度な研究であるが、得られた解析結果は信頼のおけるものと判断される。カイコとこれら鱗翅目昆虫の遺伝子配列順序には、かなり高い相同性(シンテニー)が存在することが明らかになった。また、カイコとタバコスズメガ、およびカイコとヨーロッパアワノメイガの比較により、染色体の一部が他の染色体に転座していることや、逆位が起きていることを明らかにした。これらは、鱗翅目昆虫の比較ゲノム研究として重要な成果である。
特に鱗翅目昆虫の解析においてカイコゲノム情報の利用が可能なことが示唆できた点は高く評価でき、今後の応用研究に利用されることが期待される。