生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2009年度 事後評価結果

イネにおける病原菌感染シグナルの受容・伝達機構の解明

(東京大学生物生産工学研究センター 山根 久和)

総合評価結果

評点:優れている

評価結果概要

(1)全体評価

本プロジェクトは、病原菌の感染から植物の防御応答に至る流れをダイナミックに捉えるとともに、その成果を、耐病性イネの作出や耐病性付与技術の開発に結びつけようとするものである。
ほとんどの研究が順調に進められた一方で、研究当初、作成した形質転換イネの生育不全、形質転換体が取得できない等の問題に遭遇した。
このため、中間評価時点で研究内容を変更せざるをえなかったが、これは、未知の領域に取り組む先端的な研究としては致し方ないものと判断される。
本研究によって、イネにおける異物認識-情報伝達-防御応答という情報伝達系の入口から出口に至る遺伝子発現の大きな流れが解明できた。
また、複数の因子が複合的に発現して耐病性を示すことを実証した。
これらは、世界をリードするきわめて優れた成果であり、関連分野の研究に大きな波及効果をもたらすものと判断される。
得られた成果については、今後も、論文発表は続くと期待され、全体としては、当初に予定していた以上の研究成果が得られたものと認められる。

(2)中課題別評価

中課題A「エリシター受容体を介したシグナル伝達機構の解明」
(明治大学農学部生命科学科 渋谷 直人)

本中課題は、病原菌に対する植物の基礎的抵抗性の解明に向けて、エリシター受容体とその直下の情報伝達系に焦点を絞って解析を行うものである。
研究の結果、キチンエリシター結合タンパク質CEBiPの発見を踏まえて、モデル植物シロイヌナズナを有効に活用し、きわめて短期間のうちに世界が注目する先駆的かつ優れた成果を得た。
また、中課題Cとの連携によって、本中課題で得た成果に基づいて作成された形質転換イネがイネいもち病抵抗性を示すことを明らかにした。
これらのことは、本研究の成果が、新たな発想に基づくいもち病防除育種素材としての活用の可能性があることを示すものである。
また、研究成果は、世界的にも高水準の学術誌に論文が発表され、また、国際シンポジウムの開催等によっても、この分野の研究者から注目されるとともに高い評価を得ている。
これらのことから、本中課題を高く評価する。

中課題B「イネの病害抵抗性を制御する遺伝子ネットワークの解明」
(山根 久和 東京大学生物生産工学研究センター)

本中課題は、ファイトアレキシン生合成系を起点として、上流のシグナル伝達系の解明を目指したものである。研究成果として、病害感染に伴って発現される遺伝子ネットワークに関わる遺伝子を同定し機能を明らかにした。
また、ファイトアレキシンに関して、イネのジテルペン型ファイトアレキシンの生合成系のほぼ全容を解明し、モミラクトン類とファイトカサン類の生合成酵素遺伝子がクラスターを形成していることを発見した。
さらに、イネいもち病菌の感染初期応答におけるジャスモン酸の機能を明確にした。また、転写制御因子の発現を指標とする病害抵抗性賦活型農薬のハイスループットスクリーニング系の開発も進めている。このように、基礎研究としての新規かつ重要な成果を多数得るとともに、今後の生物系特定産業への展開が期待できる成果を得た。
これら研究成果は、多くの学術論文発表、国際シンポジウムの開催等を通じて積極的に情報発信されている。
これらのことから、本研究課題を高く評価する。

中課題C「イネイモチ病菌感染初期課程におけるシグナル伝達機構の解明」
(南 栄一 (独)農業生物資源研究所)

本中課題は、イネいもち病菌を中心に、イネへの感染時の反応の解析を主な目的として開始された。
しかし、研究当初、形質転換イネの生育不全、形質転換体が取得困難等の問題に遭遇したため、中間評価時に計画を見直した。計画の変更後、キチンオリゴ糖エリシター受容体とイネ白葉枯病抵抗性遺伝子とのキメラ受容体遺伝子導入イネの作成に成功し、実際にイネいもち病抵抗性が付与されたことを明らかにした。
これに関する特許出願を行った。
また、イネといもち病菌との相互作用を調べるためにバイオイメージング技術を改良するとともに、感染を受けたイネ細胞におけるF-アクチンの再構成や配向変化、ミトコンドリアの動態、キチンオリゴ糖エリシター処理による細胞死や活性酸素・活性窒素の生成上昇などを明らかにした。
いもち病菌に関する研究に一部で未達成の課題もあり、また、論文発表や口頭発表等が少ないが、目標は概ね達成したと評価する。
なお、研究終了近くになって重要な研究成果を得ていることから、本プロジェクト終了後も積極的に論文発表等情報発信に努めることを期待する。