生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2009年度 事後評価結果

環境保全型農業における生産性向上をめざした窒素利用効率を司る分子機構の解明

(東京大学大学院農学生命科学研究科 大杉 立)

総合評価結果

やや不十分

評価結果概要

(1)全体評価

本課題は農作物の窒素利用効率を高めることを最終目標とし、窒素利用効率に関わる植物機能を代謝、生理および遺伝子の視点から網羅的・包括的解析を展開することで、作物の窒素利用効率を司る分子機構の全体像を明らかにしようとしたものであった。
研究成果としては、イネ、バレイショの形質転換系を用いた高度な窒素利用効率への分子育種に資する遺伝子の同定や、植物の無機窒素への初期応答やC/Nバランス感知に関わる新規因子の単離や、窒素利用効率に関わるイネQTLの同定等が挙げられるが、これらが直ちに効果をもたらすことは期待できない。窒素利用効率を制御する分子機構を理解するうえで重要な遺伝子及び代謝ネットワークの解明は明らかに不十分であった。
特に、基礎研究推進事業の課題の成果として重要な原著論文の質と量ともに著しく劣っており、研究成果は不十分であったと言わざるを得ない。
すなわち全体的に、設定した目標に対して、研究の進め方は適切であったとは言えず、結果的に見て課題の広がりが研究推進体制に見合っていなかったと言わざるを得ない。

(2)中課題別評価

中課題A「高窒素利用効率関連遺伝子を導入したバレイショ及びイネの解析並びに代謝・遺伝子ネットワークの解明」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 大杉 立)

この中課題は、窒素利用効率を高める効果があると考えられる候補遺伝子、GDH及びDof1をイネとバレイショに導入し、形質転換植物の機能を網羅的に解析し、低窒素条件下で効率的な窒素利用を可能とする遺伝子及び代謝ネットワークを解明しようという、魅力的な課題であった。
しかし、研究結果は、単に遺伝子を導入した形質転換体の表現型を観察したのみで、得られた表現型の変化が何に起因したかを証明しないままに終始した。イネとバレイショを用いたGDH,Dof1などの候補遺伝子の効率的窒素利用については、一応有意な効果を見い出しているが、プロジェクトの主題である分子機構の解明に踏み込むまでには至らず、具体的な遺伝子・代謝ネットワーク像も提示できなかった。
5年間に原著論文を1報も公表できていないという事実が全てを物語っている。研究代表者には今後、原著論文を公表する努力を促したい。

中課題B「窒素利用効率を司る制御因子の検索」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 柳澤 修一)

この中課題が目指したものは、分子生物学的および分子遺伝学的アプローチから高窒素利用効率に関わる新たな調節因子の候補を同定することであった。大きな成果が期待されたが、結果的に見ると成果はやや低調と言わざるを得ない。
イネの窒素応答では、イネから無機窒素(硝酸)に初期応答する転写因子を同定し、それが制御する遺伝子ネットワークの一端を明らかにした。
しかし、新規な転写因子遺伝子を見い出すことに成功し、二次代謝との関わりを示唆できる成果を得たものの、機能の全体像の解明までは至らなかった。シロイヌナズナを用いた窒素応答遺伝子の探索では、ユビキチンリガーゼを特定するとともに亜硝酸還元酵素遺伝子プロモーター上の硝酸応答、C/Nバランス検知機構に関与する因子を同定した。
このようにある程度の研究推進はできたものの、最も重要なキーワードである窒素利用効率との関係が最後まで明らかにされなかった。
この中課題では、研究期間内に複数の原著論文を公表しているが、得られた成果に対して現時点での論文発表は必ずしも満足できるレベルのものではない。
発表された成果以外にも研究成果があるようなので、得られた成果の公表に努力してほしい。

中課題C「窒素利用効率の遺伝解析」
(東京大学大学院農学生命科学研究科 根本 圭介)

この中課題の当初目標は、遺伝学的アプローチにより窒素利用効率に関わるイネQTLを同定し、その主要原因遺伝子の実体を明らかにすることであった。
しかしながら、結果的に見ると期待に応える成果が得られたとは言い難い。研究は当初計画通り進展せず、十分な成果が出せないまま終了している。
研究成果としては雑種強勢を利用した有用QTLの同定であるが、遺伝子同定には至らなかった。 しかも、この期間内に原著論文を1報も公表していない事実は極めて深刻で、総合評価としては、最低のランクに位置づけざるを得ない。