生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2009年度 事後評価結果

麹菌における染色体工学の確立と高機能性麹菌の育種

((財)野田産業科学研究所 小山 泰二)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

(1)全体評価

本研究では、わが国の醤油・味噌・酒などの伝統的醸造産業に加え、酵素、医薬品、化成品、食品などの産業分野において重要な位置を占める産業用微生物、麹菌について、これまで不可能であった遺伝子ターゲティングという新しい育種法を開発・確立し、染色体を大規模にかつ自在に加工することに成功した。
本技術とゲノム解析結果と組み合わせることにより、新規な分生子形成のネットワークの推定やマンナン分解に関与する遺伝子発現を制御するmanRの取得に成功し、manRがマンナン分解酵素に加えセルラーゼ遺伝子発現も制御する広域転写制御因子であることを発見したことは基礎科学的に高く評価できる。
また、従来の育種法では取得不可能であった変異株、例えばアフラトキシン生合成系に関わる遺伝子群を完全に欠失させた変異株を分離でき安全な麹菌の取得に成功しており、各産業に適したテーラーメイド麹菌の創出を可能にしたことは生物系特定産業に大きく貢献する成果である。
さらには、麹菌ゲノム上に麹菌固有な領域(NSB)が存在し、この領域には二次代謝遺伝子がクラスターを形成して集中的に存在することが示唆されたことの成果は学術的価値が高いなど、いずれの評価項目についても高い評価が与えられる優れた研究である。

(2)中課題別評価

中課題A「染色体加工技術を用いた転写因子の機能解析と高機能性麹菌の作製」
((財)野田産業科学研究所 小山 泰二)

麹菌の染色体大領域欠失法を開発して、7番、8番染色体を各々25%縮小、細胞融合による7番、8番染色体を縮小化した汎用性宿主麹菌の取得、アフラトキシンおよびシクロピアゾン酸生合成遺伝子クラスターの欠失成功などの成果を上げた。
転写制御因子の遺伝子破壊株作製について、対象とした280遺伝子の内、214遺伝子の破壊に成功し、胞子形成に関与する7種の新規遺伝子やマンナン資化を制御する遺伝子manRを同定した。
また、manRがマンナン分解酵素群に加え、セルラーゼ遺伝子の発現をも制御していることを明らかにし、manRを高発現させることにより、産業用酵素、マンナナーゼを高生産する高機能性麹菌の構築に成功した。
今後とも麹菌の改良・改善に関する研究を継続し、テーラーメイドの麹菌創出に努力して欲しいが、基礎研究としてまた応用面からも評価される様々な研究成果を上げており、本中課題の目標を充分に達成したと言える。

中課題B「比較ゲノミクスによる標的遺伝子領域の決定と解析」
((独)産業技術総合研究所 町田 雅之)

転写制御因子の遺伝子破壊株作製について、125遺伝子の破壊を試み98遺伝子の破壊に成功し、中課題Aと合わせて300以上の遺伝子破壊株からなるライブラリーを作製した。
これらの破壊株は、菌糸の生育速度、分生子形成能などで様々な表現型を示した。
麹菌と他の糸状菌との比較ゲノム解析から、ゲノム上に麹菌固有の領域(NSB)がモザイク状に並んでいること、また発現プロファイル解析から、固体培養条件でNSB上の遺伝子発現が上昇し、syntenic領域の遺伝子発現は抑制されることを示した。
さらに、転写制御遺伝子破壊株により二次代謝制御因子の特定を試み、ペニシリンやコウジ酸の様々な合成制御因子を分離した。
以上のように、比較ゲノミックスから遺伝子を予測するとともに、二次代謝関連遺伝子の機能や発現制御機構を解明し、有用二次代謝産物のみを選択的に生産できる道筋をつけたことはほぼ目標を達成したと言える。