生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2010年度 事後評価結果

家畜原虫病に対するTh1免疫誘導型糖鎖被覆リポソームワクチンの開発研究

(帯広畜産大学原虫病研究センター 横山 直明)

総合評価結果

やや不十分

評価結果概要

(1)全体評価

ウシの原虫性貧血病であるタイレリア感染症(小型ピロプラズマ症)のワクチン開発を目的とした。ドラッグデリバリーの手段として注目されるオリゴマンノース糖鎖被覆リポソーム(OML)に抗原を封入し接種することで、特異的で効率良く抗原提示細胞に取り込ませ、有効な免疫反応を誘導できるのではないかというアイデアの下で実験が行われた。
3つの中課題担当グループが連携し、凍結融解しても効果が減弱しないOMLワクチンを製造してウシでの原虫やOMLワクチン投与による臨床試験を行い、OMLワクチンがTh1などの特異的免疫反応を誘導すること等を明らかにした。
総合的に判断して、このワクチンがタイレリア感染を制御できたのかどうかについては、十分な証拠が得られたとは言い難い。問題点は、2回のみの臨床試験で、1回あたり処理区と対照区それぞれウシ3頭と例数が少なく、また、2回目のワクチン試験では処理区、対照区において何ら差は認められない。また、ワクチン投与によって原虫感染が必ずしも抑制されていないことから、誘導された免疫がどう働いたのか、不明のまま残されている。
とはいえ、この研究は今後家畜の原虫症に限らず、ほとんどあらゆる感染症のワクチン開発に繋がる技術として利用されうる基盤的な研究であり、今後の展開の中で有効性が示されることを期待する。現在のワクチンよりも安全安定なワクチンを迅速に作製し、提供できるようになれば、生物系特定産業への貢献は大きい。また、Th1免疫応答による診断監視体制の構築への展望が開けるし、迅速な予防戦略が可能となり、安全な動物資源の安定供給の確保につながると考えられる。

(2)中課題別評価

中課題A「家畜原虫病に対する糖鎖被覆リポソームワクチンの構築とその総合評価」
(帯広畜産大学原虫病研究センター 横山 直明)

タイレリア症の現状についてのフィールド調査により、この疾病が全国的に分布し、抗原分析から5つの遺伝子型タイプがあることを明らかにした。汎用性のあるワクチンとするには、これらすべての抗原を混合したものにすることが有効であることを示した点で、価値ある研究である。
ウシを用いての臨床実験数が少なすぎる。ウシでやることに意義があるわけだから、この実験をもっと繰り返し行って説得力あるデータを示して欲しかった。2回目のウシ6頭の実験は、免疫方法を変え、且つチャレンジ原虫の数を変えたために、評価が著しく難しくなった。せめて注射する原虫数は同じ数にすべきだったと思われる。
タイレリアワクチン開発を目的に、研究代表者を核にして、ワクチン製造、および免疫学的評価を合わせて3者のグループを組織し、うまく連携して研究を遂行したことは評価に値する。

中課題B「抗原提示細胞へ効率よく標的抗原を送達できる糖鎖被覆リポソームの構築とTh1免疫応答へ導く分子メカニズムの解読」
(東海大学未来科学技術共同研究センター 小島 直也)

OMLをワクチンに利用するために、タイレリア抗原MPSPおよびP23を用い、これを大腸菌で発現し精製して、OMLに封入したOMLワクチンを製造した。
自作したタイレリア抗原でのOMLワクチンの製剤としての特性を直接検討せず、他の抗原(花粉症抗原やova)で示し、良いワクチンができたとしている点には違和感を持つ。
OMLの品質管理、特に凍結乾燥での品質管理で良い結果を出し、また、組み換えタンパク質の精製においても本プロジェクトに対して顕著な貢献がある。凍結乾燥―水和でも効果が減弱しないワクチンであれば、製剤としては非常に有用であり、利用価値は高いものになるだろう。どんな抗原でも同じなのか、どの程度の大きさの抗原まで封入可能かなど、さらに確かめてもらいたい。

中課題C「病原性原虫によるTh1免疫回避機構の解読と糖鎖被覆リポソームの適応開拓」
(産業技術総合研究所糖鎖工学研究センター 池原 譲 )

ELISPot法によって抗原特異的な免疫応答を検出できる方法を確立した。これによって、タイレリアの異なる抗原(MPSP/P23/ToMRP)それぞれについて、OMLワクチンによってIFN-γやIL-10を産生するT胞が誘導され、このワクチンが、Th1型免疫を誘導できるとした。ただ、ワクチン投与群および非投与群の両者で個体差が大きく、これらの結果をさらに精査する必要がある。また、INF-γの誘導はワクチン接種のみではワクチン投与群と非投与群で有意な差は認められず、チャレンジ感染後に大きな変化が見られる。これらの結果はワクチン効果を検証するものとはなっていないのではないか。
とはいえ、この成果はタイレリアワクチン開発を進める上での効果のモニターマーカーとして有効に利用されることになるだろうし、今後、別の感染症ワクチン開発においてもこの手法が使えることを示したことになり、貢献度は大きいと思われる。