生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2010年度 事後評価結果

クロマチン構造と細胞周期制御による高等植物の高効率・高精度遺伝子操作技術の開発

((独) 農業生物資源研究所 土岐 精一)

総合評価結果

当初計画どおり推進

評価結果概要

(1)全体評価

クロマチン構造と細胞周期の制御、人工制限酵素を含めたDNA切断酵素の利用を適切に組み合わせることで、イネ遺伝子をジーンターゲッティング(GT)により効率よく改変できる実験系の開発を目指した。
中課題Cの担当研究者が長年関わってきたニワトリ DT40 細胞は高効率でGTを達成できる唯一の高等生物の細胞である。中課題Aでは、このDT40細胞の研究を基盤として、未開発の植物におけるGT高効率化を目指し、イネ培養細胞系を利用したGT系において、人工制限酵素(ZINC Finger Nuclease)+Exo1発現プラスミド導入による特異的な切断によってGT効率を150倍上昇できることを明らかにした。また、中課題Cでは、ニワトリDT40のGT実験系において、標的遺伝子の切断で1000倍、 5'末端の削り込みでさらに50倍、GT効率を上昇できたこと、及びヒト培養細胞においてこの効果を確認できたことは高く評価できる。中課題Bでは、CDKA、CDKBに関する研究成果は得られたが、細胞周期(特にS期)を引き延ばすことによるGT効率の上昇には至らなかった。
今後、本技術が農業・産業上不必要なゲノム上の遺伝子の効率良い破壊や、ピンポイントでの改変による農業に有用な植物の作出に加え、ヒトの遺伝子治療や家畜の分子育種にも貢献することが期待される。

(2)中課題別評価

中課題A「クロマチン構造制御による高等植物の高効率・高精度遺伝子操作技術の開発」
((独)農業生物資源研究所 土岐 精一)

イネの実験系にDT40細胞を用いたモデルGT系の成果を応用し、標的遺伝子の切断とExolを切断時に処理することを組み合わせることでGT効率の上昇を目指した。その結果、イネ培養細胞系を用いたGT系において、人工制限酵素(Zinc Finger Nuclease)+Exo1発現プラスミド導入で特異的に切断することで、GT効率150倍向上できることが明らかになった。また、イネ内在性の標的遺伝子のGTにおいても、GT効率を50-100倍上昇できており、目標を達成したと高く評価できる。
モデル植物シロイヌナズナにおいて、標的遺伝子の特異的な切断のみで、標的遺伝子の働きを無くした植物体を高効率で作出することに成功した。展望がありそうなCAF-1の系が、現状で途中段階にあるのは残念だが、Ku70/Ku80ノックダウン系統やRad54を用いたクロマチンリモデリング因子のGT系への利用について、同様な成果が生まれることを期待したい。

中課題B「細胞周期制御による相同組換えの効率化」
(奈良先端科学技術大学院大学 梅田 正明)

クロマチン構造がオープンな状態となるDNA複製時(S期)は、修復に関与する因子がDNA損傷部位に効率良くアクセスでき、相同組換えを行うのに適しているため、S-G2期の延長を図ることによる相同組換えの効率化を目指した。細胞周期を制御する重要な遺伝子であるサイクリン依存性キナ―ゼ(CDK)が相同組換えを正に制御することから、CDKやその下流因子の活性化による相同組換えの効率化を試みた。その結果、細胞周期に重要な役割を担うサイクリンやCDKの個別の役割に関する研究は進み、科学的に価値ある成果は得られたが、細胞周期の制御によってGTを飛躍的に高めるところまでには至っていない。副次的成果として、CDKB2がDNA損傷に応答して分解制御され活性が低下すると、核内有糸分裂を起こして染色体倍加が起こる現象を見つけているが、目標到達には至っていないと評価する。

中課題C「ニワトリDT40 細胞を利用した標的組換えを上昇させる方法のスクリーニングとその知見の植物での研究へのフィードバック」
(京都大学大学院医学研究科 武田 俊一)

本中課題の担当研究者が長年関わってきたニワトリ DT40 細胞は高効率でGTを達成できる唯一の高等生物の細胞であり、これに相当する細胞は未発見のため、GT高効率化の仕組みの解明、及びその技術の他の生物種への応用は極めて重要なテーマである。ニワトリDT40のモデル実験系で、標的組換えを狙う遺伝子座への2重鎖切断の導入により、標的組換え効率が3桁上昇すること、また2重鎖切断を入れながら、Exo1 DNA切断酵素、もしくはBLM DNAヘリカーゼを強制発現することで、さらに標的組換え効率が2桁近く上昇することを示しており、高く評価できる。ニワトリ細胞に加え、ヒト培養細胞(Nalm-6)においても標的組換え効率が顕著に上昇することを明らかにしている。
植物に応用可能なGT効率向上の実験法開発を目的に進めたRad54/ Rad51APの機能相補の研究、GTに関与する複数のDNAポリメラーゼを組み合わせた詳細な解析等により、GT高効率化の仕組み解明に一歩ずつ近づきつつある。