研究代表者氏名及び所属
西澤 直子(東京大学大学院 農学生命科学研究科)
総合評価結果
優れている
評価結果概要
(1)全体評価
本研究は、イネ、ダイズ、ナスなどの食用作物におけるカドミウムの吸収・移行・蓄積の分子機構を明らかにすることにより、人の健康にとって有害なカドミウムを可食部に蓄積しない新規作物を作出することを目的とする。比較的短期間の間に効率よく研究が進められ、当初の目標を上回る成果が得られている。
現場で問題となっているカドミウム集積性農作物が効果的に研究対象として取り上げられ、その事象が基礎的な研究によって論理的に証明されている。特筆すべきは、低カドミウム吸収コシヒカリ変異体を作出し、この変異体の低カドミウム化の分子機構を明らかにしたことであり、実用的にも大きく貢献できる成果である。さらに、比較的カドミウム含量が高くなりやすいナスは、トルバム・ビガーのNRAMP遺伝子を過剰発現したナスの形質転換体を台木として接ぎ木苗にすることで低カドミウム化を図ることができ、その論理的証明を行うなど、評価に値する成果を上げている。
(2)中課題別評価
中課題A「作物におけるカドミウム吸収と蓄積の分子機構」
(東京大学大学院 農学生命科学研究科 西澤 直子)
本中課題では、ナスの低カドミウム蓄積に関する分子機構の解明、低カドミウムイネの分子育種、ダイズの低カドミウム蓄積の分子機構の解明と、広範な問題に取り組んだ。
ナスでカドミウムの吸収・移行性の高い品種と低い品種を用い、カドミウムの吸収に関するトランスポーター遺伝子を多数単離して、カドミウムの吸収に関わると予想される多くの輸送体遺伝子を同定し、トルバム・ビガー由来のNRAMP1形質転換体の利用が作物のカドミウムの低吸収化に効果があることを明らかにした。また、カドミウム誘導性イネMATE(多剤排出)型トランスポーター遺伝子、導管へのカドミウムのローディングに関わる遺伝子について解析評価し、低カドミウム吸収イネの原因遺伝子を明らかにした。この原因遺伝子の特定は、他のイネ品種から低カドミウム米を開発する観点からも、高く評価できる。さらに、カドミウム集積性の高いダイズ品種と低い品種を用いてマイクロアレイによってカドミウム集積に関する多数の遺伝子を明らかにした。
中課題B「作物のカドミウム輸送機構の生理的解析」
(独立行政法人農業環境技術研究所 石川 覚)
本中課題では、根によるカドミウム吸収・蓄積能、地上部へのカドミウム移行性に関する解析、根中カドミウムの2次元分布の解析および根や導管などにおけるカドミウムの化学存在形態の特定、低カドミウム吸収イネ変異体の検索・育成を行なった。
農作物の低カドミウム吸収性が、根からの吸収ではなく根によって吸収されたカドミウムを導管にローディングするトランスポーターの欠損によることを明らかにした。これによって低カドミウム吸収イネの変異体の作出や、低カドミウム含量ナスを接ぎ木で作成できることを明らかにするなどの応用面での研究成果が高く評価できる。
特筆すべきは、低カドミウム吸収イネ変異体の育成である。重イオンビーム照射により得た突然変異体群から、玄米カドミウム濃度が食品衛生法で定められた米の基準値を大幅に下回る変異体の選抜に成功したことである。また、遺伝子組換え体ではない有用変異体の作出は、応用への道を開くうえでも、実用上の意義も極めて高い成果と考えられる。
中課題C「ナス属のカドミウム吸収特性に関する遺伝子発現解析基盤の構築」
(独立行政法人農研機構 野菜茶業研究所 福岡 浩之)
本中課題では、ナスおよびトルバム・ビガー共通高密度アレイの開発、トルバム・ビガーのカドミウム吸収特性に関与する未知遺伝子の探索に取り組んだ。
ナスおよびトルバム共通高密度マイクロアレイの開発を行い、多くの独立した発現配列セットを構築し、データベースを開発した。これによって、カドミウムストレスに対する遺伝子発現の応答や、重金属トランスポーターのカドミウム処理に伴う発現、カドミウムの導管へのローディングトランスポーター遺伝子の発現抑制など、カドミウム輸送の人為的制御手法の高度化に資する多くの基礎的知見を明らかにしたことは評価できる。また、これらの結果の中から、7つの候補遺伝子を対象としたナス形質転換体の作出にも成功し、トルバム・ビガー由来のNRAMP遺伝子を過剰発現したナスの形質転換体でカドミウム蓄積が著しく低下することを明らかにした。さらに、この形質転換体を台木として育成した非形質転換ナス植物でも、茎葉部、可食部ともにカドミウムの蓄積が著しく低下することを示している。