生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2011年度 事後評価結果

植物ウィルスの媒介昆虫・植物間応答機構の解明と制御技術の開発

研究代表者氏名及び所属

大村 敏博(独立行政法人農研機構中央農業総合研究センター)

総合評価結果

極めて優れている

評価結果概要

(1)全体評価

本研究課題は、東南アジアからわが国にかけて広範かつ甚大な被害を及ぼす昆虫媒介性イネウイルス9種類を取り上げ、ウイルスゲノム上の各遺伝子について、昆虫及び植物中でのウイルス増殖・感染における機能・役割を明らかにするため、細胞内微細構造やタンパク質の構造との関係も含め、極めて詳細に解析し、その全体像を世界で初めて明らかにした。また、ウイルス遺伝子の多様な機能領域を抑制するRNA干渉法を用い、宿主である昆虫及びイネにおいてウイルス遺伝子の特定機能領域の発現を抑制することにより、宿主中での感染・増殖機能が強く抑制されることを示し、ウイルス遺伝子の機能を基盤としてウイルス増殖阻害やウイルス抵抗性を予測通りに誘導できることが示された点は学問的な価値ばかりでなく、生物系特定産業への利用の観点から利用範囲の広い極めて有益な成果であり、極めて高く評価できるものである。特に、ウイルス遺伝子の特定機能を抑制するRNA干渉イネ系統はウイルス感染によって病徴を全く示さず、かつ、複数世代にわたって安定的にウイルス抵抗性形質が維持されることが示されたこと、さらに、複数のウイルス遺伝子の機能を同時に抑制するRNA干渉イネが複合抵抗性を示すことが実証されたことは、実用的利用を考える上で極めて重要な成果であり、一部成果は特許出願もされており、生物系特定産業への利用の観点から、独創的かつインパクトの大きな成果といえる。また、イネ44kマイクロアレイを用いた網羅的遺伝子発現解析により、ウイルス感染時にイネの中で起こる病徴発現及びウイルス抵抗性反応に伴う遺伝子発現の全体像が明らかにされ、調べた全ウイルスに共通の現象とウイルスの種類特異的な反応の区別、あるいは、ウイルス抵抗性を与える植物遺伝子の機能推定にも一定の道を付けることができたこと等、新規な情報を提供しており、ウイルスに対する植物側の改良の指標を与えるものとして高く評価できる。これらのウイルス感染に伴うイネの応答に伴う遺伝子発現の網羅的解析は今後貴重なデータベースとなるものであり、早期の公表が望まれる。一方、このような成果を国際的に著名な学術誌に多数の論文として、また、国内外の学会で多数の口頭発表として公表しており、情報発信も極めて積極的に行ってきたものと高く評価される。唯一残念な点は、国際共同研究も含まれている課題であり、かつ、世界をリードする独創的な成果を上げていることから、国際シンポジウムあるいはセミナーを実施すべきであっただろう。今後の成果普及の中で対応するよう期待する。

 

 

(2)中課題別評価

中課題A「植物ウイルスの感染・複製機構の解明及び抵抗性組換え植物の開発」

(独立行政法人農研機構中央農業総合研究センター 大村 敏博)

9種類の昆虫媒介性イネウイルスについて、ウイルス側の遺伝子を中心に、昆虫及び植物における感染・増殖過程における各遺伝子の機能や役割を明確にするため、電子顕微鏡観察、タンパク質の立体構造解析、タンパク質間相互作用、分子生物学的解析等多種多様な解析技術を駆使して、その全体像を世界で初めて明らかにしており、関連分野を先導する極めて優れた成果を上げたものとしてその科学的価値は極めて高い。また、RNA干渉法を用い、ウイルスの感染・増殖に与える影響を詳細に解析し、昆虫細胞におけるウイルス増殖を阻害しうることを世界で初めて実証した点、ウイルス遺伝子の特定機能を抑制するRNA干渉イネを育成することで極めて強力かつ世代を超えて安定的に維持される強度ウイルス抵抗性を付与することに成功し、ウイルス遺伝子の機能を基盤としてウイルス抵抗性イネ系統を想定通りに育成する道を開くとともに、複数の新規なウイルス防除法を提示しており、生物系特定産業への利用の観点から特に高く評価できる。さらに、複数遺伝子を同時に抑制するRNA干渉イネの特性解析により、想定通りに複合抵抗性を付与できることも示しており、イネウイルスに限らず、昆虫媒介性ウイルス一般に適用しうる汎用性の高いウイルス抵抗性イネ品種の育成手法を提供するものとして、生物系特定産業への寄与の点で極めて高く評価できるものである。残された課題は、このような優れた成果をできる限り早く実用化に結びつけるためには、今回育成された多様なRNA干渉イネについて、野外栽培試験による特性解析が強く望まれる。

 

 

中課題B「マイクロアレイ法を用いたウイルス応答反応の解析と育種への応用」

(独立行政法人農業生物資源研究所 菊池 尚志)

イネゲノム研究の成果の一つであるイネ44kマイクロアレイを用い、多様なウイルス感受性・抵抗性イネ品種において、ウイルス感染後の経時的遺伝子発現変動を網羅的に解析し、ウイルス感染に特異的な変化、ウイルスの種類に応じた変化、抵抗性と感受性の違いに起因する変化等の解析等により、すべてのウイルスについて遺伝子発現データを取得し、貴重なデータベースを構築した。また、ウイルス感染に伴う病徴発現過程とウイルスに対する抵抗性発現過程とを区分けすることで、ウイルス抵抗性イネ品種の育成における今後の指標を提示しており、イネの品種改良への貢献という観点で、生物系特定産業への一定の寄与が見込まれる。一方、国際共同研究により、既存のウイルス抵抗性品種におけるウイルス抵抗性形質の発現の機構や新規なウイルス抵抗性変異体の取得・解析も試みてきた点は高く評価できる。特に、RTSVの抵抗性遺伝子としてeIF4Gを特定できたことは大きな成果であり、このUtri Merah由来の抵抗性遺伝子で形質転換したイネにおいて、感受性イネに比べて、宿主防御応答系が持続的に発現していることと、この抵抗性遺伝子がeIF4Gであることとの相関と分子機構の解明が最も期待される。本研究で得られた膨大なアレイデータについては、関係研究者が活用できるよう、できるだけ早く公開することが強く求められる。