生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2011年度 事後評価結果

植物病原細菌の病原性糖タンパク質糖鎖の構造解析と病害防除への利用

研究代表者氏名及び所属

一瀬 勇規(岡山大学大学院自然科学研究科)

総合評価結果

当初計画通り推進

評価結果概要

(1)全体評価

本研究では、Pseudomonas syringaeを中心に、植物病原細菌の鞭毛糖タンパク質フラジェリンや線毛タンパク質ピリン等の糖鎖構造を解明し、糖鎖の有無や糖鎖構造の違いが菌の運動能、病原性、植物の防御応答、宿主特異性等において果たす役割を解析し、その機能解明を通じて病害防除に利用する方途を拓くことを目標に、細菌の各種変異株を作成してその特性解析をする中課題Aと糖鎖構造を解析する中課題Bの2つの中課題の密接な共同研究により、フラジェリンの糖鎖構造を世界に先駆けて決定し、その糖鎖修飾経路とその対応遺伝子を同定するとともに、糖鎖の欠損が菌の運動性、菌体密度感知分子アシルホモセリンラクトンの合成、菌の病原性等を低下させることを見いだしており、主要な当初目標を概ね達成し、基礎研究として優れた成果を上げたものと評価できる。研究成果は1件の特許出願が行われたほか、17編の学術論文あるいは総説として関連学術誌に公表され、国内外の関連学会において多数の口頭発表も行われていることから、成果の公表も積極的になされてきたものと評価される。一方、生物系特定産業への寄与の観点では、市販のケミカルライブラリーを用い、フラジェリンの合成、菌体密度感知分子アシルホモセリンラクトンの合成、病原性を低下させる化合物を3種類同定した点は評価できるが、静菌作用に着目した化合物の実際の農業場面での活用についてはその筋道が示されておらず、今後検討が必要である。なお、当初目標に掲げた糖鎖構造の違いと植物防御応答の相違との関係解明については予想した結果が得られなかった。糖鎖構造と防御応答との関係については、フラジェリン以外のリポ多糖の精製と構造解析を行い、病原型を異にする植物病原細菌のリポ多糖糖鎖構造に多様性を見出す成果を得た。中間評価後に変更した研究課題の一部は実行されておらず、当初計画とはやや異なった研究展開となり、研究全体の運営に若干の問題があったと思われる。また、最終目標である生物系特定産業への寄与が期待できる病原性制御に繋がる病害防除への利用展開までには至っておらず、また、ピリンの糖鎖構造解析や様々な微量試料に対応できる新しい糖鎖分析法の開発には至っていない点も残された課題である。

 

(2)中課題別評価

中課題A 「植物病原細菌の糖鎖変異株の作出と機能の解明」

(岡山大学大学院自然科学研究科 一瀬 勇規)

Pseudomonas syringae pv. tabaci (Pta)6605及びPseudomonas syringae pv. glycinea (Pgl)6605を主に用い、鞭毛タンパク質であるフラジェリンに異常のある変異株を多数作成し、その糖鎖構造を中課題Bとの連携によって決定した上で、その糖鎖修飾経路とその修飾酵素遺伝子についてもその全体像を明らかにし、さらに、そのような変異株の運動能や病原性等の特性解析結果と合わせ、糖鎖の欠損が運動能、菌体密度感知分子アシルホモセリンラクトンの合成、病原性を低下させることを明らかにするとともに、病原性タンパク質である線毛タンパク質ピリンが糖鎖修飾されていることを見いだし、病原性糖タンパク質の糖鎖構造の類似性と多様性の一端を明らかにし、そのような成果を17編の学術論文及び総説として関連分野の学術雑誌等に公表しており、基礎研究として優れた成果を上げたものと高く評価できる。一方、約14,000種からなる市販ケミカルライブラリーを用いた物質の検索により、フラジェリン合成、鞭毛運動、アシルホモセリンラクトン合成等を阻害する化合物を3種類同定することに成功したことから、生物系特定産業への貢献の観点では一定の成果を上げたものと評価できるが、静菌効果をどのように実際の農業場面で利用するかの方策が明確にされておらず、実際の農業場面での利用の方途を含めた検討を進めることが重要である。また、本研究の成果として特許出願1件がなされたほか、論文発表や多くの口頭発表が行われていることから、情報発信は概ね適切になされたものと判断される。一方、フラジュリンの糖鎖修飾が他の植物病原細菌でも認められることは明らかにされたが、当初予定していた糖鎖構造と植物病害抵抗性との関係については予想した結果が得られず、研究方向を大幅に変更せざるをえなかった点は課題としてあげられる。

 

 

中課題B「植物病原細菌の病原性糖鎖構造の解析」

(独立行政法人農研機構食品総合研究所 吉田 充)

Pseudomonas syringaeをはじめとする各種植物病原細菌の病原性糖タンパク質、特に、菌の運動能と密接に関わる鞭毛タンパク質フラジェリンや線毛タンパク質ピリンを中心に、その糖鎖構造を決定することを目標として掲げ、中課題Aで抽出・精製された多様な病原細菌・菌株・突然変異株の病原性糖タンパク質の糖鎖構造を正確に決定するためのさまざまな技術開発に取り組み、GC、GC-MS、MALDI-TOF-MS、LC-ESIMS、NMR解析等を適正化しつつ改良して活用し、糖鎖構成糖とそのキラリティを決定するとともに、構成糖どうしの結合様式や修飾基の結合位置等を決定することにも成功し、宿主が異なるPseudomonas属のフラジェリン糖鎖はすべて同じであり、病原性に糖鎖構造の特異性は関係しないことを明らかにした。一方、宿主が異なるAcidovorax avenaeのK1とN1141菌株のフラジェリン糖鎖は異なる構造であることから、病原性が糖鎖構造に依存する場合もあるということを示し、フラジェリンの糖鎖が構造だけでなくその機能においても多様性が存在することを明らかにした点は基礎研究としての意義は大きく、当初目標は概ね達成されたものと判断される。一方、その成果は5編の学術論文として関連学術雑誌に公表され、多くの口頭発表も行われている点では成果の公表も概ね適切に行われているものと評価できるが、本中課題としての特許出願は行われておらず、シンポジウム・セミナーも開催されなかった点は残念である。また、ピリンの糖鎖構造を解明できなかったことや、微量試料に対応できる新しい糖鎖分析法の開発が出来なかった点も残された課題である。今後は、開発された高度な糖鎖分析手法を他の研究に積極的に活用してもらい、その結果として生物系特定産業に寄与していくためにも、積極的な情報発信が求められる。