生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2011年度 事後評価結果

植物免疫シグナル分子を利用した高精度耐病性植物の創生

研究代表者氏名及び所属

川崎 努(近畿大学農学部)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

 (1)全体評価

本研究は2つの中課題から構成され、3つのグループがそれぞれの特徴と研究実績を生かしながら、植物免疫に関するシグナル伝達経路の解明と植物免疫シグナル分子の利用により効率的に複数の防御反応を協調的に誘導するシステムを構築することを目的に、広範かつきわめて活発な研究が行われた。その結果、病原菌感染認識から抵抗性誘導に至る過程で中心的なシグナル分子として働くGタンパク質とMAPキナーゼの信号伝達系の詳細を解明した。また、それぞれ異なる伝達系で働く新たな免疫因子を同定するとともに、それらを応用して複合的な防御応答を誘導するシステムの構築にも成功している。また、本課題の成果は新規性が高く、国際的な業績と言えるものであり、それらを積極的に情報発信したことは特に高く評価できる。これらは、この領域の研究を大きくリードし発展させたという点で科学界への貢献も大きい。なお、研究成果は耐病性育種に寄与するものであるが、現状では、遺伝子組換えの受容に関する社会的な問題の解決という障壁がある。将来的にこれがクリアされれば、本研究は、病原体の種類や変異に左右されない病害抵抗性作物を作出し実用化する道筋を付けるものとなると判断される。これらのことから、本研究は、全体として、目標をやや上回って達成したと評価する。

 

(2)中課題別評価

中課題A「病原体侵入認識と低分子Gタンパク質シグナルの解明と応用」

(近畿大学農学部 川崎 努/農業生物資源研究所 林 長生)

本中課題は、低分子G-タンパク質を出発点として、相互作用する因子の探索、GEF因子の解析、活性化あるいは抑制的に働くかを検討し、さらにその下流にMAPKカスケードが位置することの発見など世界に誇れる業績をあげた。また、中課題Bとの共同研究も織り交ぜて、イネをめぐる最新の知見を活かす道筋を築く成果を得た。応用面では、実用的な耐病性農作物を近い将来に実現できるまでには至っていないが、本中課題の研究材料として植物はイネを、病原菌としていもち病菌および白葉枯病菌を用いているため、抵抗性効果が認められた耐病性候補遺伝子はそのまま育種上の利用が可能である。したがって、遺伝子組換え問題さえクリアされれば、本中課題の波及効果は大きいと考える。なお、本中課題で開発された検定法は、すぐにでも普及する可能性がある技術と判断される。また、本中課題の成果は、高いレベルの学術誌に論文発表されていることから分かるように科学的価値は高く、成果の情報発信は十分に行われている。これらのことから、本中課題は、所期の目標をやや上回って達成されたと判断する。

 

中課題B「植物免疫におけるタンパク質リン酸化機構の解明と応用」

(名古屋大学大学院生命農学研究科 吉岡 博文)

本研究では、病原菌の感染によって最初にMAPキナーゼが活性化され、それに続いて ラジカルバースト → 活性酸素あるいは一酸化窒素生成 → WRKYなどの転写因子 → 新たな遺伝子発現といった、MAPキナーゼによる免疫機構を総合的に解明・理解するという当初の目標を十分に達成した。また、この流れも一元的なものとは限らず、複数の経路があるという知見も得ており、植物の免疫機構が当初の想定より複雑な図式であることも指摘している。さらに、複数の病原微生物を用いて、より一般性のある知見となるよう配慮されていた。これらの理解をもとに、今後の応用に向けた方策の立案までたどりついている。ただし、モデル植物のベンサミアナタバコに対してジャガイモStWRKY8の導入効果が認められたが、ジャガイモではその効果が認められなかったことなどから分かるように、本研究の成果に基づく耐病性作物の実用化までにはさらに研究が必要である。このような若干の問題が残されているものの、基礎的研究としては優れた成果を多数得ており科学的価値は申し分ない。また、成果の発信は十分に行われている。これらのことから、所期の目標はほぼ達成されたと判断する。