生物系特定産業技術研究支援センター

新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業

2011年度 事後評価結果

動物種を超えた繁殖制御を可能とするメタスチンの生理機能解析

研究代表者氏名及び所属

前多 敬一郎(名古屋大学農学国際教育協力研究センター)

総合評価結果

優れている

評価結果概要

(1)全体評価 

メタスチン(キスペプチン)は、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の分泌を直接刺激し、動物の繁殖を脳の中枢から制御する神経ペプチドであると考えられている。本研究は、メタスチンの繁殖における特性や生理作用を多様な動物種モデルを用いて明らかにすることを目的とする。

マウス、ラット、ヤギあるいはメダカ等を用いた研究を通じて、脳内にはメタスチンニューロン群が視床下部前方の前腹側室周囲核/視索前野と視床下部後方の弓状核の2群認められ、それらが排卵(GnRHサージ)中枢および卵胞発育(GnRHパルス)中枢として機能している可能性を提示し、メタスチンによる動物種を超えたGnRH分泌調節メカニズムの一端を明らかにした。また、魚類にはメタスチン遺伝子としてkiss1およびkiss2の2種が存在することを発見し、魚種によってkiss1/kiss2神経系の生殖調節機能が異なることを明らかにした。さらに、生殖の中枢メカニズムの完全解明のためのツールとして、各種遺伝子改変動物の作製に成功した。

これらは、いずれも世界に先駆けた研究成果であり、高く評価できる。また、今後のメタスチンによるGnRH分泌調節機構のより詳細な解明に対して大きなインパクトを与えると考えられる。今後、ウシ、ブタなどの家畜繁殖技術や水産増養殖においてより密着した実践的なメタスチンの研究成果が加われば、生物系特定産業への大きな貢献が期待できる。

 

(2)中課題別評価

中課題A「げっ歯類モデルを用いたメタスチンの作用解明とウシの繁殖機能制御法開発」

(名古屋大学農学国際教育協力研究センター 前多 敬一郎)

中間評価時点で手間取っていた遺伝子改変動物の作製について、最終年度までに追加と修正を加え、メタスチンニューロンを可視化する緑色蛍光蛋白質(GFP)-TgマウスやKiss-KOラットの作製に成功した。それらを用いたメタスチンの機能解析を進めることで多くの成果を得た。ラット、マウスに加え交尾排卵動物ス ンクスを用いた実験において、視床下部前方のメタスチンニューロ ン群が エストロジェン作用を仲介することを明らかにしたことは、高く評価できる。一方、メタスチンによるウシの繁殖機能制御法について、投与したkisspeptin-10、メタスチン誘導体、全長メタスチンの量が不十分であったためか、投与後のLH上昇が僅か数ng/mlであり、排卵促進に用いるには十分なLH増加量が得られていないと判断される。臨床応用の基礎データとするにはさらなる研究が求められる。

 

中課題B「ヤギを用いたメタスチンの作用メカニズムの解明」

(独立行政法人農業生物資源研究所 岡村 裕昭)

ヤギを用いた免疫組織学的および電気生理学的解析により、ヤギの脳内ではメタスチンニューロンが視床下部の前腹側室周囲核/視索前野と弓状核の2カ所に限局して存在することを発見した。また、メタスチンニューロンの発現はエストロゲンにより前腹側室周囲核/視索前野では促進、弓状核では抑制されることや弓状核メタスチンニューロンはメタスチン、ニューロキニンB(NKB)、ダイノルフィン(Dyn)の3つの神経ペプチドが同一細胞内に共存しているKNDyニューロンであることを明らかにした。これらの成果は、メタスチンの機能を解明する上で非常に重要な新知見であり、高く評価できる。今後、さらなる研究成果の積み重ねによって家畜の繁殖性の向上や畜産生産を増進する手法の一つとして応用されることが期待できる。

 

中課題C「硬骨魚類脳内メタスチン神経系によるGnRHニューロン調節のメカニズム」

(東京大学大学院理学系研究科 岡 良隆)

メダカ、ドワーフグラミ―、マダイ、フグ、ウナギといった硬骨魚類を用いてメタスチンの解析を進め、kiss1遺伝子のパラログ遺伝子としてkiss2遺伝子を発見した。さらに、魚類においてはkiss1とkiss2遺伝子のいずれかが生殖中枢制御に主要な働きをしていることを示し、魚類の生殖調節を人為的に行うためには対象とする魚類がkiss1/kiss2のどちらを生殖活動に用いているかを知ることが重要であることを明らかにした。その他、kiss1遺伝子組換えTgメダカなどを用いて多くの成果を得ている。これらはいずれも独創的でインパクトのある成果であり、高く評価できる。近い将来、硬骨魚類の水産増養殖への応用といった生物系特定産業への貢献がなされるものと期待される。